弁護人
韓国、釜山。高卒だが苦学し裁判官になったソン・ウソクは、弁護士に転じて不動産登記の仕事に乗り出す。1978年、折からの不動産ブームで仕事は順調に拡大、やがて税金問題を専門とする弁護士に転じ、釜山一金を稼ぐと言われる弁護士になってゆく。
金儲けが正義だったソン・ウソクには、政治への関心は皆無だった。デモをする学生を「勉強がイヤだからやっているだけだ」と馬鹿にして、高校時代の旧友にあきれられる始末。そんな彼に転機が訪れる。馴染みのクッパ屋の息子(大学生)が、無実の罪で警察に逮捕され、拷問を受けていたのだ―。
2003年から5年間、韓国の大統領だった廬武鉉の若いころの実話をベースに描いたものだという。軸となるのはいわゆる「釜林事件」である。軍事政権下で民主勢力を抹殺するため、社会科学書籍を勉強していた学生など19人を不法に逮捕・監禁して拷問。国家保安法違反などの罪をねつ造した事件だ。おととし公開された韓国では1100万人を動員し大ヒットを記録した。監督はこれが長編映画デビューのヤン・ウソク。
「『弁護人』は純粋で無垢な人間が世界を変えようと尽力する映画で、それを伝統的で古典的な手法で描く事を目指しました。…ひとりの男がドラマティックに根底から変わる、まさにその瞬間を描きたかったのです。」
ソン・ウソクは、「釜林事件」に巻き込まれたクッパ屋の息子ジヌの弁護を引き受けることで変わってゆく。お金儲け専門から人権派弁護士に変ってゆくのだ。彼は、かつてジヌに「デモなんて行くんじゃない。卵で壁は割れないぞ」と語ったことがある。その時ジヌはこう言い返す。
「壁は死んでいるが卵は生きている。やがて孵って鳥になり、いつか壁を越えてゆく。おじさん知らないの?」
時がたち、ジヌが強大な権力の前に裁判をあきらめかけた時、ソン・ウソクはこの同じ言葉を言い返すことになる。
後年、ソン・ウソクならぬ廬武鉉は大統領になり、人々から愛される存在だったという。さらに数年たった今、いみじくも大きな国民デモが沸き起こり、その力は朴槿恵大統領の弾劾を決議させるに至っている。
それにしても、この映画の拷問シーンはとてつもなく恐怖を感じる。映画で拷問シーンというのはよくあるし、他と比べて特別どうだ、というのではないのだが、妙な現実感がある。なぜなんだろう。同じアジアで距離的に近いからか。30数年前で時間が近いからか。いや、それよりもむしろ日本のある種の空気圧に共振しているのかもしれない。国家あっての個人、という考えが大手を振って語られる今の空気に。
無論拷問を行う側も理屈があるのだ。すべては国家のためだ、と。しかし国家とは何か。ソン・ウソクは裁判で、残虐な拷問を繰り返した警監にこう叫ぶ。
「国家とは何ですか。憲法にはこうあります。国家の主権は国民にあり、すべての権力は国民から生まれる、と。国家とは国民なのです。」
作家の村上春樹もエルサレム賞のスピーチで、同じ壁と卵の比喩を用いてこう言っている。システム(壁)が私たちを作ったのではない。私たちがシステム(壁)を作ったのだ、と。
そして私たち国民とは概念ではない。ひとりひとりなのだ。当たり前のことが当たり前でなくなる。これほど恐ろしいことはない。
監督:ヤン・ウソク
主演:ソン・ガンホ、イム・シワン 2013年 韓国 127分
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聖の青春
満開の桜の公園の片隅にゴミに交じって一人の男が倒れている。棋士、村山聖25歳。この時七段。誰かに抱えてもらわないと対局場にも行けぬほどに体が弱ってしまっている。座っているのもやっと。しかし将棋を指すという情熱が彼の体を支えている。
村山聖(さとし)は実在の人物だ。幼いころからネフローゼを患い、プロ棋士になってからは膀胱がんに苦しみ、29歳の若さで亡くなった。この映画は亡くなるまでの4年間の村山の生きざまを綴る。
村山は勝つことにこだわる。将棋にこだわる。力及ばずに将棋の世界を去ってゆく同僚に、「お前は負け犬だ」と激しく罵る。脳の働きが鈍るから麻酔をしないで手術をしてくれ、と医師に言い放つ。純粋であり、ある意味で馬鹿である。
監督は「宇宙兄弟」の森義隆。村山を演じたのは松山ケンイチ。この役作りのために26kgも増量したという。
「村山さんの純粋さみたいなものは、絶対に汚したくなかった。ただの純粋さじゃなくて、尖った、しかもイキのいい純粋さ。勝負師というのは、すごく研ぎ澄まされて純粋な気がします。それを出すためには、演技みたいなもの、表現するということも捨てないといけなかった。」(松山ケンイチインタビューから)
ところが映画を見終わって、パンフレットを覗いて驚いた。村山の次の言葉が大きく紹介されていたからだ。映画の印象とはずいぶん違う述懐だったのだ。
「僕が勝つということは相手を殺すということだ、目には見えないかもしれないがどこかで確実に殺している。人を殺さなければ生きていけないのがプロの世界である。自分はそのことに時々耐えられなくなる、人を傷つけながら勝ち抜いていくことにいったい何の意味があるんだろう。」(原作より抜粋)
映画では紹介されなかったが、このような感受性を持つ人間が、勝負の世界で生きていけるものなのだろうか。もしこの言葉が本当なら、村山はこの思いを自らの内に押さえ込み、まさに命をかけた勝負を続けたことになる。
そこまでして勝負を続けずにはいられなかった村山。村山にとって将棋とは何か。ある時ライバルであり憧憬の存在である羽生善治との勝負を制した村山は、その夜羽生を飲みに誘う。福島の温泉街の小さな居酒屋。向かい合う二人。何のために将棋を指すのか、という村山の問いに羽生はこう答える。
「今日あなたに負けて死にたいくらい悔しい思いをした。」
「負けたくない?」
「その思いしかないでしょう。」
村山が言う。
「羽生さんが見ている海はみんなとは違う。」
「怖くなるときがあるんです。深く潜りすぎて、そのうち戻ってこれなくなるんじゃないかって…。」
「そこはどんな景色なんでしょうね。」
「村山さんとなら、一緒に行けるかもしれない…。」
決して洗練された映画ではない。しかし棋士たちの内面の思いを表わそうと不器用に挑むその手つきが、村山聖のごつごつとした生きざまに共振して、心を震わせる。
監督:森義隆
脚本:向井康介
主演:松山ケンイチ、東出昌大
原作:「聖の青春」大崎善生 講談社文庫
湾生回家
湾生とは、戦前台湾で生まれた日本人のことを言うらしい。日清戦争で台湾を得た日本はその後50年にわたってこの島を支配した。その間多くの日本人が海を渡り、多くの日本人がかの地で生まれた。しかし、敗戦後彼らの多くは本土に送還された。その数20万という。
この映画は湾生たちの生まれ育った台湾への思いを綴り、自分が何者であるかという問いに答えるための旅に密着したドキュメンタリーである。あるひとは、生まれ育った花蓮港に幼なじみの消息を訪ね歩き、あるひとは生家を探し出すために何度も訪れる。旅を続けることで、それぞれが自分の人生を耕している。80歳を超える高齢であるにもかかわらず、不思議とすがすがしい印象を残す。
監督は台湾人のホァン・ミンチェン(黄銘正)。46歳の彼は、当初「湾生」のことはまったく知らなかったという。
「私はこの映画を“歴史的な観点”から撮りたいとは思いませんでした。それよりも、戦争で様々な苦難にもまれてきた人々の運命、そして、その人々がどのような気持ちでこの人生を過ごしてきたか、記憶とはいったい何なのか、それらにまつわる貴重な証言をこの映画のなかで描きたかったわけです。彼らのあたたかさ、包容力、人間の豊かさを描く映画にしたいと思っていました。そして、そのあたたかさを映画の核とし、その中心には異邦人とは何かということを据えました。」
湾生たちの多くは戻ってきた日本に違和感を覚えていたようだ。おそらくは日本で生まれた日本人ではないという理由で周囲のまなざしが冷たく、苦労を重ねてきたのだろうと想像する。
85歳の家倉多恵子さんもその一人だ。彼女は五木寛之の著作で「異邦人」という言葉を見出し、自らが「異邦人」であると深く納得する。そして体の不調が続く中で台湾を訪れ、不思議なことに健康を取り戻すに至るのだ。
この映画で、大きな軸となっているのは、幼いころ養女に出されたために戦後台湾に残り、80年もの間実の母親を探し続けている片山清子さんの存在だ。片山さんは今病床に伏しており、その娘と孫が片山さんのために日本の岡山や大阪を訪れる。
実の母親はどんな人だったのだろうか。片山さんのことをどう思っていたのだろうか。戦後どのように暮らしてきたのだろうか。娘や孫たちの旅は、彼女たち自身のルーツを探す旅でもあり、母が子を決して捨てたわけではないのだという事をすがるような思いで確認する、そんな旅となった。そのたびの果てに彼らが見つけたものとは何だったのだろう。
印象深いシーンがある。
娘や孫たちは大阪のとある町のアパートに、晩年ひとりで暮らしていたことを突き止める。そのあたりに知っている人がいるかも知れない。ある年配の男性は、撮影は駄目だが電話でならという事で話を聞かせてくれた。たどたどしい日本語で聞く片山さんの孫に男性が答える。
―親しい友人はいましたか?
「友人はいなかったようです…。」
片山さんの実の母、すなわち自分のひいおばあちゃんは、もしかすると幸福な人生ではなかったかもしれない。しかし、
「端正な人でしたよ…。美人でした…」
その言葉を聞く孫に少し嬉しそうな表情がよぎる。
湾生の人たちに限らない。人は自分につながる過去を知ることで、現在に生きる意味を知ろうとする。しかしその思いの激しさが、戦後70年あまりを生き抜いた日々の過酷さを思わせ、激しく胸をゆすぶる。
「水平線の向こうに、台湾が消えるまで歌っていた…」
台湾を離れる時に、家倉さんが船上で弟と歌ったという唱歌「ふるさと」が今、耳にこびりついて離れないでいる。
監督:ホァン・ミンチェン(黄銘正)
プロデューサー:ファン・ジェンヨウ(范健祐)、内藤諭 2016年 台湾 111分
公式サイト
この世界の片隅に
とても漫画チックな?絵柄にも関わらず、ひとりの女性の半生を確かに見た、そんなどっしりとした印象がある。
昭和19年、広島市内から呉に嫁いできたすず、18歳。段々畑の中腹にあるその家からは、呉の軍港が見下ろせる。夫は海軍の書記官。やさしい義理の両親といけずな義姉。次第に戦況は悪化し、配給が少なくなり、空襲警報が頻繁に鳴るようになる。
流れる日常を淡々としっかりと細部まで描いてゆく。井戸での水くみ、かまどの炊事、野草の料理、砂糖壺にたかるアリの群れ。ある時、幼い姪を連れて歩きながら、米軍の時限爆弾が穴の奥にあることに気付くが…。
監督は片渕須直。原作は「夕凪の街 桜の国」の、こうの史代。こうの史代は原作のあとがきでこう述べている。
「わたしは死んだ事がないので、死が最悪の不幸であるのかどうかわかりません。他者になったこともないから、すべての命の尊さだの素晴らしさだのも、厳密にはわからないままかも知れません。…そこで、この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました。そしてまず、そこにだって幾つも転がっていた筈の『誰か』の『生』の悲しみやきらめきを知ろうとしました。」
すずに実在感を与えているのはやはり、印象深いシーンをつなげながら、一筋縄ではいかない人間というものを描きこんでいるからだろう。たとえばこんなシーンがある。
昭和19年12月、巡洋艦「青葉」がマニラで負傷し呉に寄港した。水兵として勤務する幼なじみの水原が一時休暇ですずを訪ねてくる。ほのかな思いが二人にはあり、しかしそれが交わらずにいる。納屋の二階で水原は言う。
「あーあー普通じゃのう あたりまえのことで怒って あたりまえのことで謝りよる すず、お前はほんまに普通の人じゃ」
「わしはどこで人間のあたりまえから外されたんじゃろう じゃけえ すずが普通で安心した …ずうっとこの世界で普通で…まともでおってくれ」
普通とは何だろう。目の前のことに一生懸命になって、小さなことに一喜一憂して、みんなで笑って、時に怒ってけんかして、泣いたりわめいたり…。普通に生きていることがとてつもなくありがたく見える世界が、幸せなものであるはずがない。
やがて広島と長崎に原爆が落とされ、敗戦。玉音放送を聞いたすずが怒り、叫ぶ。
「そんなん覚悟のうえじゃないんかね?最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね?うちはこんなん納得できん!!!」
そして、ひとりふらふらと段々畑を上る。
「飛び去ってゆく。うちらのこれまでが。それでいいと思ってきたものが。だから我慢しようと思ってきたその理由が」
原作ではこのあとこう呟くのだ。
「ああ…暴力で従えとったいう事か じゃけえ暴力に屈するという事かね それがこの国の正体かね うちも知らんまま死にたかったなあ」
とても大きく広いこの世界の、とてもちいさな片隅で、私たちは生きてゆく。なぜとも知らずに。物語の終盤、焼け野原の広島ですずはボロボロになった孤児と出会う。すがりつくその子の手をとって言うのだ。
「あんた…よう広島で生きとってくれんさったね」
思えば、幼なじみの水原に最後に渡した手帳にも「立派に成って呉れて有難う」と書き、夫にも「うちを見つけてくれてありがとう」と語った、すず。感謝するとは相手の存在を認めることだ。「生きていいんだよ」と語りかけることだ。そんな言葉を、出会った一人ずつに手渡すためにすずは生きている、と思う。
声の出演:のん
日本 2016 年
公式サイト
手紙は憶えている
目覚めると横に妻の姿を探す老人。その妻は1週間前に亡くなっているが、眠るたびにその事実を忘れてしまう。90歳のゼヴ・グットマン。認知症である。妻の葬儀を終えた彼は、同じ老人ホームに暮らす友人から一通の手紙を受け取る。そこには驚くべきことが書かれていた。
2人はともにアウシュヴィッツを生き延びたユダヤ人であり、ゼヴは彼らの家族を殺した男に復讐を果たす約束をしたというのだ。妻が亡くなった今、約束を果たす時が来た。元ナチスのその男はルディ・コランダーという別名を名乗り、アメリカにいる。該当者は4人。ゼヴは手紙に書かれたとおりに拳銃を手に入れ、順番にルディ・コランダーを訪ねてゆく―。
アウシュヴィッツをテーマにした映画では異色の作品である。通常はナチスの非人間性、収容所の恐るべき理不尽さを当時の時点に立ちかえって訴えるものなのだが、この作品はあくまで70年後という現時点にこだわり、今にアウシュヴィッツがもたらす意味を問うている。監督は「スウィート ヒアアフター」のアトム・エゴヤン。
「その時代特有のトラウマが、世代を超えてどのように屈折していくか。そこに一番興味がある。『手紙は憶えている』で掘り下げたテーマも、まさにそこなんだ。…これは第二次世界大戦という題材を、現在進行形の問題として描く最後の映画になるだろう。」
復讐を果たそうとするゼヴに迷いはない。記憶が混濁する中、手紙を唯一のよりどころに、彼は様々なルディ・コランダーに出会うことになる。
印象深いシーンがある。何人目だったか、ある病院に入院しているルディ・コランダーを訪ねる。アウシュヴィッツにいたことを確認するゼヴ。「お前のしたことは許せることじゃない」と拳銃を取り出すが、その時ルディの腕に彫られた数字が目に入る。囚人番号だ。
「その数字はどうしたんだ?」
「…同性愛者だったんだ」
ゼヴは「すまないことをした。許してくれ」と泣き崩れる。病院のベッドに寝かされたルディの胸に顔をうずめ、しばらく泣き止むことがない…。
映画は復讐を軸に進んでゆくが、実のところ記憶と忘却を巡る物語と言っていいだろう。現実でも、ナチスの罪を追求する動きは終わっていない。今年6月、94歳の元ナチス親衛隊の男が、アウシュヴィッツで17万人の殺害に関与していたとして、ドイツの裁判所で有罪判決を受けた。禁固5年の刑である。戦後酪農業を営んでいた彼は、犠牲者らに「申し訳ない」と述べこう語ったという。
「家族は私がアウシュヴィッツで働いていたことを誰も知りませんでした。私はそのことを口にすることすらできなかったのです。恥じていました」(AFP記事)
70年たっても糾弾を続けることの社会的な意味、それは決して忘れてはならないというメッセージだと思う
人間の肉体は衰え、認知症となりすべてを忘れようとする。社会も同じなのか、時がたてば過去は忘れ去られようとする。しかしゼヴは両方の意味でそれと闘う。混濁する意識に苦しみながら記憶の喪失にあらがい、旅を続ける。そしてついに決定的な過去を思い出す。最後のルディ・コランダーを前にこうつぶやくのだ。
「憶えている」
それは、忘却にあらがい続けた旅の果てにたどり着くことの出来る、ひとつの境地には違いない。ただ、それが幸か不幸かは別にして。
監督:アトム・エゴヤン
脚本:ベンジャミン・オーガスト
主演:クリストファー・ブラマー
カナダ=ドイツ 2015 / 95分
公式サイト
永い言い訳
妻に髪を切られながら毒づく中年男が映し出される。小説家の津村啓。彼は、妻が客の前で本名の「さちおくん」と呼ぶのが気に入らない。「面子が立たない」という。彼の本名は、衣笠幸夫。広島カープ往年の名選手衣笠祥雄と同姓同名だ。それが長く彼の人生に影を落としてきた、らしい。妻の夏子はそんなことで「面子がつぶれたりしない」と当たり前のことを言う。
ブツブツとなじる幸夫も幸夫だが、嫌がっているのに自分の好みだけであえてそういうことをする夏子も夏子である。お互いよく付き合っているなと感心する。幸夫には妻に対する憎しみさえ感じる。このあと夏子はバス旅行に出かけ、幸夫は愛人を家に引き入れる。そして翌朝、夏子を乗せたバスが谷底に転落する…。
原作の小説、脚本、監督は西川美和。
「日常の中で、近くに居るひとのことをなおざりにし、小さな諍いを起こし、どうせ夜には帰ってくる、明日だってある、またいくらでも修復のチャンスはある、と思ってそのままあっけなく手の中からこぼれ落したような縁も、私自身人生の中ですでに経験をしています。そしてその苦い別れの経験は、多くの場合誰にも語られることはなく、残された人の胸の内で孤独にわだかまり、ひそかに自らを責め続け、いつまでも癒えることはないでしょう。」
映画では夏子のことがあまり語られないため、一方的に幸夫が妻を憎んでいるように見える。亡くなってからも天国にいる妻に毒づく。いったい何なのかと思うが、想像するに妻のある態度がこの男を深く傷つけてきた。それを憎み続けているうちにふいに居なくなった。憎んでいるはずなのにその対象がいなくなってバランスを失う。つんのめる。あちこちぶつける。また人を傷つける。
事故後、幸夫は一緒に亡くなった夏子の友人の夫、陽一と知り合う。陽一はトラックの運転手で、2人の子供がいる。幸夫はなぜか(小説のネタになると思ったのか)長男の勉強を応援するために、週2回自分が妹の面倒を見ると提案する。幸夫と子どもたちのシーンはとりわけいい。子どもとはこんなにも愛しいものなのかと改めて感じさせる。だがやがて幸夫の中の「虫」がまたうずき始める。
その「虫」とは言葉だ。言葉が体の中を這いずり回り、外部の何かに接するとうごめき毒となって吐き出される。言葉で世界を理解しようと悪戦苦闘し、言葉におぼれ、人がどう思おうと自分の言葉を吐き出さずにいられない。人がどう思おうと、という意味で「幸夫くん」とあえて呼ぶ夏子と同じである。
「虫」が暴れて人も自分もさんざんな目に会ったある時、幸夫は言う。
「自分を大事に思ってくれる人を、簡単に手放しちゃいけない。みくびったり、おとしめたりしちゃいけない。そうしないと、ぼくみたいになる。ぼくみたいに、愛していい人が誰もいない人生になる。」
そして一人夜の客車にうずくまりながら書きつけるのだ。
「人生は○○である。」 (○○は映画で確認してもらえればと思います)
それにしても題名の「言い訳」とはいったい何の言い訳だろう。
結婚した当初の愛情が続かなかったことの?
亡くなってもなお憎しみが消えないことの?
人生は○○である、なんて言葉で理解したつもりになることの?
関係をつなごうとしないのにやはりひとりではいられないことの?
そのためにまた人を傷つけることの?
でも生きていることの?
それでも生き続ける人間というものの?
生きていることは誰かに対する永い言い訳である。それが誰か、は重要ではない。その誰かが存在することが重要なのだと映画は告げている。
原作・脚本・監督:西川美和
主演:本木雅弘、深津絵里、竹原ピストル
日本 2016 / 124分
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淵に立つ
止め忘れたオルガンのメトロノームが感情をざらつかせる。時の流れは味方にならない、と映画は最初に告げている。
山形のとある町で零細な工場を営む鈴岡のもとに、古い友人が訪ねてくる。刑務所から出てきたばかりの八坂だ。二人は何か因縁があるらしくその日から住み込みで働くことになる。家族は妻と小学生の女の子。最初は戸惑う二人だが、八坂の丁寧な物腰もあって次第に受け入れてゆく。だが…。
舞台が家族であるから「家族」がテーマと言われるが、家族でなくともいい。これは人間「関係」の深淵を覗き込むような恐ろしい映画だと思う。監督は深田晃司。
「私が描きたいのは家族の崩壊ではなく、もともとバラバラである家族が、ああ、自分たちはバラバラで孤独だったんだなあ、ということを発見し、それでもなお隣にいる誰かと生きていかなくてはいけない、生き物の業のようなものです。」
突然の闖入者である八坂も不気味な人間だが、鈴岡はもっと不気味である。一見してごく普通であるのに、この不気味さは一体どこからきているのだろうか。
過去に犯した罪の意識が澱のように溜まって心に暗い穴を開けた。そのためにまともな人間関係を拒否するように生きている、ように見える。表面上はそこまで変ではないのだが、微妙な間合いによってそう感じさせる。その暗い穴と、一見の普通さとのアンバランスが不気味なのだ。演じるのは古館寛治。
「僕が面白いと思った点一つ挙げるとすれば、人間がいかに過去に操られて生きているかが描かれていると思いました。つまり、人生はその人の行動によって出来上がっているということです。」
鈴岡は過去の時点で友人であったある男との「関係」によって半生を左右される。同時にまた、そうした鈴岡と「関係」を持ってしまったがゆえに、妻と娘は逃れがたい苦しみの中に生き続けることになる。「関係」は「関係」でつながり複雑に捩れあって身を縛る。
恐ろしいのは、八坂は後半、不在であるにもかかわらず、その存在を決して忘れられないようになってしまうという構造だ。時間は多くの物を押し流すが、この映画で時間に押し流されない「関係」のあることを、くっきりと浮き立たせてしまう。逃れられない「関係」の恐ろしさ。しかしそれでも孤独であることを選択できない人間という存在。
過去から逃げることができず、利己的であることで暗い穴から身を守ってきたともいえる鈴岡だったが、やがてある事柄から、その理不尽さに肉体がもだえ咆哮する。その咆哮は時を刻むメトロノームと重なり、やがて時間の中に消える。
脚本・監督・編集:深田晃司
音楽:小野川浩幸
英題:HARMONIUM
日本・フランス 2016 / 119分
公式サイト