映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

幸福路のチー

台北郊外に幸福路という通りがある。チーは幼いころ両親と一緒にこの町に引っ越してきた。トラックの荷台に母娘人で揺られながらチーは聞く。 「幸福って何?」 お母さんが笑いながら答える。 「おなか一杯食べて眠れることだよ」 運河の水は汚く、工場から…

家族を想うとき

暗闇の中、面接を受ける男性と、雇い主らしき人の声。この仕事は雇用関係ではない、対等なパートナーだと説明するオーナー。やがて画面が明るくなると、ずいぶん体格のいいオーナーの前に中年の男が座っている。 「勝つのも負けるのも自分次第。できるか?」…

わたしは光をにぎっている

山間の湖のほとりに古びた小さな旅館がある。すでに営業が終わっている。都会へ出ていくことになった澪(みお)に、祖母がある詩集を手渡す。山村暮鳥の『梢の巣にて』。その中の詩の一説。 自分は光をにぎっているいまもいまとてにぎっている而(しか)もをり…

永遠の門 ゴッホの見た未来

麦畑の小道をやって来る羊飼いの少女に声をかける。 「止まって。君を描きたいんだ。デッサンだよ」 驚き不思議そうに見つめる少女。カメラの目線は語りかけた画家、ゴッホそのものである。 すぐに場面が変わってパリのカフェ。芸術家組合の議論を横目に店を…

真実

色づいた樹々の隙間に電車が走っているのが見える。少し秋のにおいがする。ここはパリの邸宅。インタビューを受けているのは女優、ファビエンヌ。かつて一世を風靡し、今なお映画出演のオファーが後を絶たない。とても貫禄がある。そして気難しそう。 ―あな…

人生をしまう時間

埼玉県新座市。とある病院の二人の医師が、終末期を家で暮らす患者を訪問診療している。その半年余りに及ぶ記録である。 「帰りたい。どんなぼろい家でもね」 91歳のおばあちゃんがそうカメラに向かって言う。古い日本家屋に戻ってきたその冨子さんの最期の…

"樹木希林"を生きる

昨年亡くなった樹木希林の最後の一年間に密着したドキュメンタリー。樹木希林はその死の1年あまり前から4本の映画に出演することが決まっていた。この映画には、病を抱えながら女優として人生を全うしようとする樹木の最後の姿が映し出されている。 監督はN…

ジョーカー

顔面にピエロの化粧を施す男のアップ。口角を両手の指で無理矢理のようにあげて見せるが、なぜか零れ落ちる涙が青い塗料に混じる。 アーサー・フレックは心の病を抱えながらスタンダップコメディアンを目指している。ピエロの変装は街頭の呼び込みや、病院の…

ラスト・ムービースター

古いテレビ番組に、デビューしたての俳優バート・レイノルズが出演しインタビューに答えている。オーディションを受ける際にいろいろ失敗したが、それでも合格した、というような話。自信に満ち溢れ未来が輝くとはこういう感じか。 次のカットは現在のバート…

帰れない二人

中国山西省。バスに揺られる人々の顔。疲れきったように無表情な顔たちが、揺られながらどこへともなく向かう。不意にカメラを見つめる子ども。チャオは父親のいる炭鉱から恋人のいる大同の町へゆく。 炭鉱はすでに寂れ、町も時代も大きく変わろうとしていた…

ドッグマン

歯茎をむき出しにして唸り声をあげる巨大な犬。傍らには小さな男。鎖につながれた犬をモップで体を洗おうとするが、モップに咬みつかれて引きずり込まれようとしている。しかし男の声音はあくまで優しい。やがて洗い終えた犬は、乾燥機の風を浴びながらどこ…

存在のない子供たち

レバノンの法廷。12歳のゼインは、原告として法廷に立ち、被告の両親をかえりみることなくはっきりと述べる。 「両親を訴えたい」 「何の罪で?」 「ぼくを産んだから」 ゼインは誰かを刃物で刺し、少年刑務所に収監されている間にこの訴えを起こした。12歳…

天気の子

雨の音から始まる。少年のモノローグ。 これは、僕と彼女だけが知っている、世界の秘密についての物語だ― 離島から家出してきた16歳の少年、帆高。彼が東京で出会ったのは、降りやまない雨、16歳では働かせてもらえない現実、夜を過ごしたマックでアルバイト…

ニューヨーク公共図書館  エクス・リブリス

どこかホールのようなところで、聴衆を前に話をしている。「利己的な遺伝子」の著者ホーキンス博士だ。歯に衣着せぬ辛辣な物言いに聴衆が笑いにつつまれる。ここはマンハッタンにある「ニューヨーク公共図書館」。「午後の本」という図書館のトーク企画で、…

アマンダと僕

学校が終わっても迎えのおじさんがいない。アマンダは学校の出口で立ち尽くしているが、先生に促されて教室に戻る。おじさんの“僕”はアパート管理の仕事で遅刻したのだ。帰ると姉でアマンダの母親はカンカン。“僕”ダヴィッドはことの重要性に気づく様子もな…

アメリカン・アニマルズ

ストーリーはいたって単純。大学生たちが、図書館に保管されている12億円もの希少本を盗み出そうと決意し、実行に移すまでの物語。だが、みな根はまじめ(?)で、こんなことに慣れてないものだから、あらゆる段階で珍妙なすったもんだが起きる。これは実話…

僕たちは希望という名の列車に乗った

1956年、東ドイツ、スターリンシュタット駅からベルリンに向かう二人の青年がいた。西側にある祖父の墓参だという。クルトは、数多く並んだ墓標のひとつに佇みぼそっとつぶやく。 戦死なんて意味が分からん そのあと忍び込んだ映画館で二人は西側のニュース…

荒野にて

目が覚めると父親の部屋から聞き覚えのない女の声がする。15歳のチャーリーは扉の前で少し佇むと帽子をかぶって外に出てゆく。ジョギングするのだが、普段着のせいかどこかへ走って逃げてゆくような感じもする。 学校にも行かず父親と二人暮らしのチャーリー…

幸福なラザロ

イタリアの山奥の小さな村。ひとつ屋根の下に住む年頃の娘たち。窓の外ではその娘のひとりに愛を打ち明ける歌を歌う男。場面は転換し、皆が見守る中、部屋の中で求婚する男と受け入れる女。夜通し続く祝い。小さな共同体の幸福。 ふたりはこの小さな村を出た…

希望の灯り

まるで荒れ野のような大地に、規則的に並んだ街灯が小さな灯りをともしている。夜明けの消え残りなのか、これから迎える夜の暗闇に備えるためなのか判然としない。奥には高速道路が画面を横切るように左右に伸びている。この映画を見るものは、しばらくその…

こどもしょくどう

昼は定食屋、夜は居酒屋になるような下町の食堂。小学5年のユウトは草野球チームの練習から帰ると、友達のタカシと一緒に夕ご飯を食べるのが日課だ。タカシは母親と二人暮らしで、夕飯を準備してくれないことが多いのだ。 タカシは体は大きいが、動作がのろ…

眠る村

一本の長い山道が、とある小さな村への入り口である。三重と奈良の県境にある、葛生だ。 昭和36年、この村で事件が起きた。懇親会の席で出されたぶどう酒に毒が入れられ、5人の女性が亡くなった。名張ぶどう酒事件である。事件から6日後、村に住む奥西勝が逮…

バーニング 劇場版

若者がトラックの荷物を担いでソウルの街をゆく。カメラが後ろから追う。にぎやかな通りをどこまでも追う。スーパーに入ってゆく若者ジョンスは、店の前でキャンペーンガールをしている幼なじみの女性、ヘミに声をかけられる。ヘミは「整形したので気づかな…

夜明け

遠い空で明るみ始めた山間の空気が青っぽく見えるのはどうしてだろう。一人の若者がふらふらと歩いてくると、橋の欄干によりかかり苦し気に息を吸い込む。手には花束。立っているのが辛いように、何度も顔を歪める。若者の、夜が終わろうとしている。 川の岸…

こんな夜更けにバナナかよ

車いすに座った男が、周囲の人たちに命令口調で指示を出す。水が飲みたい、背中がかゆい、寝たい、起きたい、横向きたい…。そこまで言っていたか記憶にないがそんな感じ。周りの動きが自分の意に染まないと、容赦なく叱責を飛ばす。男は鹿野靖明34歳。筋ジス…

アリー/スター誕生

ステージを終えた男は、倒れこむように車に乗り込み瓶酒をあおる。途中で車を止め、ふと見つけたバーに入ってゆく。男は店員が興奮するほど顔の知られた人気歌手だ。にぎやかな店内で、昼間ウェイトレスをして働く女が、ラヴィアンローズを歌っている。これ…

日日是好日

家族でフェリーニの「道」を見に行った。小学校5年だった。典子は何がいいか、さっぱり分からなかった。しかし、 「世の中には『すぐわかるもの』と、『すぐわからないもの』の二種類がある。すぐにわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、…

判決、ふたつの希望

レバノン、ベイルート。ある政治集会の模様が映し出される。人々は党首の演説に酔いしれている。キリスト教右派系のこの政党を支持するトニーは、アパートに帰ると身重の妻と二人暮らしだ。ある日、ベランダの水漏れ修理をしたいと現場監督の男が訪ねてくる…

教誨師

狭い密室にふたりの男が机をはさんで対峙している。一言も発さず静かに目を閉じている男は死刑囚、もう一人はキリスト教の教誨師のようだ。教誨師は宗教の教義に基づいて、被収容者と対話を重ねる。ある人は自らの身の上を語り、ある人は刑務官の愚痴を言い…

ハナレイ・ベイ

仕事が忙しくなかなか映画を見ることが出来なかった。久しぶりに見たのが村上春樹原作の「ハナレイ・ベイ」だった。 ハワイ・カウアイ島のハナレイ湾。美しい入り江の風景は、フラの曲にもたびたびうたわれているという。早朝、日本人の青年がサーフボードに…