映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

Mommy/マミー   

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監督・脚本:グザヴィエ・ドラン

主演:アンヌ・ドルヴァル、アントワン=オリヴィエ・ピロン

カナダ/138分

原題「MOMMY」2014

 

養護施設に預けられていた息子が食堂に火を放ち、友達にやけどを負わせた。呼び出された母親のダイアンは3年前に夫を亡くしたシングルマザー。息子を引き取り、2人で生きていこうと決心する、それが物語の始まりだ。

 

15歳の息子スティーヴADHD注意欠陥多動性障害)を抱えている。つまり普通ではない。感情の抑制が効かず、気に入らないことがあるとすぐに暴れだしてしまうのだ。穏やかな時は気のいい若者なのだが、我慢が効く閾値がとても低い。

 

2人で暮らし始めて間もなく、スティーヴがスーパーで万引きをし、それを咎めたことで“爆発”した。激しく雄たけびを上げ続けるスティーヴ。必死でなだめようとするダイアンだが、「ママのためにやったのに」とスティーブの怒りは収まらない(盗んだのはMommyと象られたネックレスなのだ)。ダイアンは首を絞められ、思わず壁にかかった絵の額で彼の頭を殴ってしまう。さらに逆上して襲い掛かるスティーヴ。必死の思いで扉の向こうに逃げ込むダイアン。めちゃくちゃである。このまま陰惨な家庭内暴力の話になるのかと思っていると、次の瞬間にはスティーヴはケロッとしている…。大変だなと正直思ってしまう。

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社会との違和感で悩む主人公は自身の投影でもあるのか、監督のグザヴィエ・ドランはこう語っている。

「ある女性が僕に言うんだ。“変わってるわね”。その言葉が僕は嫌いだ。そういう人たちは”違い”を理解する知性に欠けている。”違い”が、悪いことだと思ってるんだ。」

 

弱冠25歳。19歳でデビューし毎年のように話題作を撮りつづけている。これが5作目でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した。ドランの映像世界は独特だ(と言われる)。独特の画面構成(シンメトリー)、独特のアングル(ハイアングルの表情アップ)、独特のカメラワーク(屋内のロングショットや人物の後ろ姿の追いかけ)。こうした特徴について、映画の始まる前に上映される10分のミニ・ドキュメンタリー「グザヴィエ・ドランのスタイル」が教えてくれる。(ちなみに公式サイトでも見ることができる)

 

この映画でもそうした彼の技術的な独自性が表れている。画面の構成比が1対1の正方形なのだ。なんだか狭苦しいなと思って見ていると、スティーヴの気持ちがのびやかになるシーンではなんとワイドに引き延ばされる。正方形の画面は彼の生きづらさを感覚的に表現しようとしたものかと、納得される。

 

さて物語は向かいに住む主婦と知り合い、仲良くなるところから良い方向に向かってゆく。

主婦カイラは元高校の教師だったが、心の病で吃音症になりうまく言葉を発することができない。スティーヴは彼女に勉強を教えてもらい、やがて音楽学校に進学することを夢見る。しかし、3人の幸せな日々は長く続かない。養護学校で火傷を負わせた生徒の親から訴状が届いたのだ。25万ドルの損害賠償。ダイアンは何とかしようとある策を講じるが…。

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大多数が穏やかに暮らすために社会に暗黙の、あるいは明文化されたルールがある。違うルール同志が衝突し戦争になることもある。しかし何らかのルールに属さない限り、社会の中で生きていくことは大変な困難を伴う。いや家族の中においてさえ、母と子の二人の関係においてさえそれは困難なのだということを、この映画はまざまざと見せつける。全くの自由を要求することは、ともに生きる人にほとんど全くの不自由を要求することになってしまうのだ。スティーヴは分かっていても自分を抑えられない。「いつかママは僕を愛さなくなる」という言葉に絶望がにじむ。

 

このままスティーヴを受け入れ生きていく方法はないのだろうか。この物語に込めたグザヴィエ・ドラン監督の問いは、我が身の存在をかけた切実なものであることが伝わってくる。しかし、答えはない。

 

ダイアンは物語の最後にある決断を下し、先の見えない絶望の中で「希望」について語る。「世界に残された『希望』は数少ない。でも私は絶対諦めないわ」と。

 

グザヴィエ・ドランはカンヌの授賞式でこう述べた。

「夢を捨てなければ、世界は変えられるのです。人を感動させ、笑わせ、涙を誘うことで、誰かの考え方や、誰かの人生を、ゆっくりでも変えていくことができるのです。」

 

ラストの近く、静かに涙を堪えつつ慟哭するダイアン。母親の悲しみが胸を深く揺さぶり、その余韻が長く消えないままにある。闘い傷つき倒れなお希望を捨てない、アンヌ・ドルヴァルの見事な演技に脱帽する。

 

公式サイト 

http://mommy-xdolan.jp/index.html

 

 ちょっとひと息

今回の映画は新宿武蔵野館で見ました。新宿のほぼ駅前ですが、まだ武蔵野の面影を残していた大正9年創業だそうです。その近くにあるのが「名曲・珈琲 らんぶる」。一見普通の喫茶店に見えますが、地下に降りると吹き抜けの大きな空間が広がる不思議なつくりになっています。天井からは豪華とは言えないですが鉄製の大きなシャンデリアが下がっており、やはりどこか懐かしいレトロな雰囲気です。こちらは昭和25年創業。ブレンド一杯600円。映画のあとにおススメです。☕☕ 

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