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映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

怒り

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八王子の住宅街。ある一軒家に夫婦の惨殺死体が見つかる。壁には犯人が血で書いたと思われる「怒」の文字が…。1年後、犯人は整形を繰り返しながら逃亡を続け、日本の各地で、犯人の特徴を持つ男たちが現れる。

 

千葉の漁師町に住み着いた素性の知れない男。東京の盛り場をうろつく心優しいゲイの若者。沖縄の無人島で野宿するバックパッカー。この中に犯人がいるのかいないのか、3人とも犯人の指名手配写真と似ている。映画は、彼らと出会ってしまった人々の物語である。

 

原作は吉田修一。監督は李相日。「悪人」と同じコンビだが、今回脚本は李監督一人で書いたらしい。原作者の吉田修一が語っている。

 

「僕が李監督との会話の中で聞いたすごく好きな言葉があるんです。こちらが映画ってクライマックスに至るまでの流れってあるじゃないですか、みたいな話をしているときに、『いや、僕は全シーンをクライマックスとして撮りたいんです』って。『怒り』を観たときにまず思い出したのが、その言葉でしたね。本当に最初から最後までテンションが一切緩むことなく張りつめている。」

 

全編クライマックスシーンが果たしていい映画なのか、と言う疑問はあるが、圧倒的な熱量を湛えた映画という印象は残る。これだけの熱量の映像をまとめ切ったというのもすごいことなのだろう。ただ、ストーリーを進めるのに忙しく、余分なものをそぎ落としてしまっているために、リアルな物語にもかかわらず印象が寓話的である。いいも悪いも、まるでこれから始まる長い、長い物語の予告編のような。
   

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犯人の山神一也は犯行現場に「怒」の文字を遺した。怒りとは何か。それがこの映画の根本的なテーマなのだろう。李監督は語っている。

 

「この映画は<怒り>について特定の答えは明示していませんが、例えば犯人の山神に関しては、彼自身が<怒り>という怪物に全存在を支配されてしまった。紙一重で誰もが心の中に、発露できない怒りの火種を抱えて生きている。私たちは自分や、他者の奥底に漂う<眼に見えないもの>とどう向き合うべきなのか。」

 

自分の思い通りにならない苛立ちと、怒りは違う。怒りは人間になくてはならないとてもまっとうな感情だと思う。人は自らを守るために、時に相手を攻撃しなければならない。そのために必要な感情なのだろう。ただ統御することが難しいため、時に負の感情になり、時に正の感情になる。

 

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沖縄編ではこのテーマが際立つ。広瀬すずが演じる泉(いずみ)とそのボーイフレンド辰哉が、那覇で米軍基地反対のデモを見守るシーンがある。辰哉の父親が熱心な運動家なのだ。デモに参加する人々には、まっとうな怒りがある。しかし辰也は都会から来た泉に恥ずかしそうに言う。

 

「こんなことで何も変わらんさ。」

 

2人はその後、変わらない現実に打ちのめされる。泉はある事件に巻き込まれ、怒りさえ抱けぬほどに長い放心の日々を過ごすことになるのだ。

 

やがて、あることをきっかけに彼女は行動を起こす。そして離島の砂浜を彷徨いながら、咆哮する。何度も、何度も叫び続ける。その叫びは、彼女の中に生まれた「怒り」であり、それは、彼女が再び生きなおすための力となるまっとうな怒りである、と思う。

 

監督・監督:李相日

原作:吉田修一「怒り」(上下・中公文庫)

音楽:坂本龍一

主演:渡辺謙森山未來松山ケンイチ綾野剛広瀬すず宮崎あおい妻夫木聡

日本 2016 / 142分

 

公式サイト 

http://www.ikari-movie.com/