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映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

手紙は憶えている

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目覚めると横に妻の姿を探す老人。その妻は1週間前に亡くなっているが、眠るたびにその事実を忘れてしまう。90歳のゼヴ・グットマン。認知症である。妻の葬儀を終えた彼は、同じ老人ホームに暮らす友人から一通の手紙を受け取る。そこには驚くべきことが書かれていた。

 

2人はともにアウシュヴィッツを生き延びたユダヤ人であり、ゼヴは彼らの家族を殺した男に復讐を果たす約束をしたというのだ。妻が亡くなった今、約束を果たす時が来た。元ナチスのその男はルディ・コランダーという別名を名乗り、アメリカにいる。該当者は4人。ゼヴは手紙に書かれたとおりに拳銃を手に入れ、順番にルディ・コランダーを訪ねてゆく―。

 

アウシュヴィッツをテーマにした映画では異色の作品である。通常はナチスの非人間性、収容所の恐るべき理不尽さを当時の時点に立ちかえって訴えるものなのだが、この作品はあくまで70年後という現時点にこだわり、今にアウシュヴィッツがもたらす意味を問うている。監督は「スウィート ヒアアフター」のアトム・エゴヤン
             

「その時代特有のトラウマが、世代を超えてどのように屈折していくか。そこに一番興味がある。『手紙は憶えている』で掘り下げたテーマも、まさにそこなんだ。…これは第二次世界大戦という題材を、現在進行形の問題として描く最後の映画になるだろう。」

   

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復讐を果たそうとするゼヴに迷いはない。記憶が混濁する中、手紙を唯一のよりどころに、彼は様々なルディ・コランダーに出会うことになる。

 

印象深いシーンがある。何人目だったか、ある病院に入院しているルディ・コランダーを訪ねる。アウシュヴィッツにいたことを確認するゼヴ。「お前のしたことは許せることじゃない」と拳銃を取り出すが、その時ルディの腕に彫られた数字が目に入る。囚人番号だ。

 

「その数字はどうしたんだ?」

 

「…同性愛者だったんだ」

 

ゼヴは「すまないことをした。許してくれ」と泣き崩れる。病院のベッドに寝かされたルディの胸に顔をうずめ、しばらく泣き止むことがない…。

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映画は復讐を軸に進んでゆくが、実のところ記憶と忘却を巡る物語と言っていいだろう。現実でも、ナチスの罪を追求する動きは終わっていない。今年6月、94歳の元ナチス親衛隊の男が、アウシュヴィッツで17万人の殺害に関与していたとして、ドイツの裁判所で有罪判決を受けた。禁固5年の刑である。戦後酪農業を営んでいた彼は、犠牲者らに「申し訳ない」と述べこう語ったという。

 

「家族は私がアウシュヴィッツで働いていたことを誰も知りませんでした。私はそのことを口にすることすらできなかったのです。恥じていました」(AFP記事)

 

70年たっても糾弾を続けることの社会的な意味、それは決して忘れてはならないというメッセージだと思う
                                                            

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人間の肉体は衰え、認知症となりすべてを忘れようとする。社会も同じなのか、時がたてば過去は忘れ去られようとする。しかしゼヴは両方の意味でそれと闘う。混濁する意識に苦しみながら記憶の喪失にあらがい、旅を続ける。そしてついに決定的な過去を思い出す。最後のルディ・コランダーを前にこうつぶやくのだ。

 

「憶えている」

 

それは、忘却にあらがい続けた旅の果てにたどり着くことの出来る、ひとつの境地には違いない。ただ、それが幸か不幸かは別にして。

 

監督:アトム・エゴヤン
脚本:ベンジャミン・オーガスト
主演:クリストファー・ブラマー
カナダ=ドイツ 2015 / 95分
 
公式サイト 

http://remember.asmik-ace.co.jp/