映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

マンチェスター・バイ・ザ・シー

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ボストン郊外。アパートの玄関先で雪かきをしている男。名前はリー。アパートの便利屋で、下水管の詰まりや浴室の水漏れを修理する。仕事を黙々とこなすが愛想が悪い。気に入らないことがあると住民を口汚く罵っては苦情がくる。酒を飲んでは喧嘩。同じ毎日の繰り返し。

 

そんなある日、兄のジョーが倒れたという知らせを受け、マンチェスター・バイ・ザ・シーに向かう。生まれ故郷の小さな海沿いの街だ。病院に着くとすでに兄は亡くなっていた。ジョーには一人息子で高校生のパトリックがいる。兄の遺言は、リーにこの町に戻って後見人になって欲しいという。しかし、リーにはこの町に住めない理由があり、パトリックをボストンに連れて行こうとするのだが…。

 

監督・脚本はケネス・ロナーガン。劇作家として活躍し長編監督は3作目。マンチェスター・バイ・ザ・シーは、元はマンチェスターという地名だったが、他のマンチェスターと混同しないように、30年近く前に改名されたという。

 

「美しさとわびしさを感じる場所だ。おもしろいことに、町自体は裕福なボストン人のリゾート地なのだけど、ブルーカラーの人々がボートのサービスなどで、休暇で訪れる人々をサポートしている。…実生活と自然の美しさが混在する町だ。」    

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いくつものヨット。煙突のあるカラフルな家々。しかし冬のこの町で空はいつも鈍色をしている。地面も凍って埋葬は春まで待たなければならない。甥のパトリックは彼の日常が続く。ガールフレンドに二股をかけ、バンド活動、アイスホッケー…。どこに行くにもリーが送り迎えをする。ある時彼女のひとりサンディーと部屋で二人きりになる時間を稼ぐため、彼女の母親と話をしてくれと頼まれる。30分でいいから、と。しかしリーはその30分がもたない。

 

「叔父さんは普通の世間話ができないの?」

 

と甥になじられる始末。映画は甥との日々の中に、かつてこの町で暮らしていたリーの日々が挟み込まれる。遺言を預かった弁護士が言う。

 

「リー、君の経験は創造を絶する。後見人になりたくないなら君の自由だ」

 

そしてリーの過去に何があったのかが明かされる。

 

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「リーは、自らの身に起きた悲劇をきっかけに、世界が灰色になってしまったと感じている。だが、どんなにひどい不幸を体験しても、世界が灰色になることはない。なぜなら、人間は一人で生きているわけではなく、常に周囲でさまざまな興味深いことが起きているからだ。」(ケネス・ロナーガン監督)

 

兄が遺した一隻のボートはモーターがすでにいかれていた。リーの発案でようやくモーターを買うことができたパトリックは、彼女のひとりサンディーを乗せて海に出る。彼女に運転を任せるが、船が大きく旋回する。悲鳴が上がる。慌てることはない、舵をまっすぐにするだけだと教える。大きく旋回を続ける船の縁に腰かけたリーが大きく笑う。リーの背後でヨットハーバーが回ってゆく。めまいがする。

 

しかし同じ日、リーは町中で偶然、元妻のランディーと再会してしまう。

 

「あの時、私の心は壊れたの。あなたの心も。そして今もそのまま…」

 

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再び大きく心がかきむしられる。記憶が消えてゆかない。狂い始める。酒を飲む。けんかをせずにはいられなくなる。人は何のために生きるのか。生き続けるのか。死に向かう心をかろうじて思いとどまらせるものは何なのか。

 

自分が苦しいとき、世界がまったく無関係に動いている。そのことに苛立ち、腹立ち、羨望せずにはいられない。しかし同時に、たった一人愛する人が、まったく別の世界で生きているという希望が、自身の足元をかすかに照らすこともある。海沿いの街の、鈍色の空からふるやわらかな光のように。

 

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監督・脚本:ケネス・ロナーガン
主演:ケイシ―・アフレック、ミッシェル・ウィリアムズ、ルーカズ・ヘッジズ
アメリカ映画 2016 / 137分
 
公式サイト

http://manchesterbythesea.jp/