映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

ニューヨーク公共図書館  エクス・リブリス

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どこかホールのようなところで、聴衆を前に話をしている。「利己的な遺伝子」の著者ホーキンス博士だ。歯に衣着せぬ辛辣な物言いに聴衆が笑いにつつまれる。ここはマンハッタンにある「ニューヨーク公共図書館」。「午後の本」という図書館のトーク企画で、誰もが気軽に参加できるという。

 

映画はこの図書館の活動を描くドキュメンタリーだ。著者を招いてのトークイベントだけでなく、ピアノコンサートや歌手を招いてのライブ、子どもたちへの教育プログラムから、なんと就職支援プログラムまである。

 

図書館幹部たちの運営に関するディスカッションをはさみながら、ひとつひとつ活動を紹介してゆく。ナレーションはなく、インタビューすらない。私たちは映画を見ているというより、図書館の活動現場に赴き体験してゆくという感覚になる。                     

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監督はフレデリック・ワイズマン。現在89歳で、ドキュメンタリーはこの作品で41作になる。インタビューの中で、「図書館は『民主主義の柱だ』という発言が映画の中にありましたが、ちょっと大げさではありませんか」という質問に、こう答えている。

 

「図書館で12週間過ごした結論としては、『民主主義の柱』というのは公正で正確な表現だと思うよ。NYPL(ニューヨーク公共図書館)は本を探したり、資料を閲覧しに行ったりするだけの場所ではなくて、住民や市民のための重要な施設なんだ。貧しく、移民が多く暮らす地域では特にね。…NYPLは、すべての人に門戸を開くという、非常に民主的な考えを体現している場所なんだ。」

 

図書館は『民主主義の柱だ』という発言は、館長の講演の中で偉大な黒人芸術家の発言として語られた。ノーベル賞作家のトニ・モリソンだ。同時に詩人マヤ・アンジェロウ「図書館は雲の中の虹」という言葉も紹介される。

 

こうした言葉や活動は、映画のなかでそのままの形で提示されるが、ワイズマンが共感したものに違いない。内容もさることながら、切り取る長さ、順番が映画のトーンを決めている。全部で3時間25分の長さである。

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中でも興味を引いたのは、職員たちのホームレスについての議論だ。図書館に来るホームレスとどう向き合うかが、真剣に話あわれている場面。そういえば昔、日比谷図書館でホームレスらしき人がよく新聞を読んでいたなあと思い出した。

 

ある人は図書館で一定のルールを設け、寝ているばかりの人は注意すればと言い、ある人は来館者がホームレスを避けるのはその存在に慣れていないからで、社会のあり方を変えた方がいいという。

 

「最終的に変えるべきはこの街の文化だ。」

 

実際には、匂いがきつかったりすると傍にいるのが苦しくなる。その点はどうなんだろうと思ったりしたのだが。

 

ネットの記事を見てみると、ここに限らずアメリカの図書館ではホームレスの問題に取り組んでおり、職員は社会復帰に貢献する最前線に立っている、という。                                                                     

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こうした議論や活動を見ていると、近年トランプ氏の登場ですっかり忘れられていたアメリカの善なる側面が垣間見える。アメリカの善なる面とは、この映画のなかでも誰かが語っていたが、「必要だけれど面倒なこと」を引き受けるということだと思う。

 

ワイズマンは自らの作品のテーマについて語ることはほとんどない。それはこの映画の作られ方、インタビューもせず実際の活動を撮影し編集して見せるだけという方法に直結している。最後に登場する、陶芸家エドムンド・デ・ワールの言葉はそれをよく表していて印象的だ。

 

「創作物を描写するときはきわめて慎重に。創作の過程は省いてはならない。物の作り方が人を定義するのだ。」

 

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監督・製作・編集・音響:フレデリック・ワイズマン
撮影:ジョン・デイヴィー

アメリ  2017 / 205分

公式サイト

http://moviola.jp/nypl/