映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

帰れない二人

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中国山西省。バスに揺られる人々の顔。疲れきったように無表情な顔たちが、揺られながらどこへともなく向かう。不意にカメラを見つめる子ども。チャオは父親のいる炭鉱から恋人のいる大同の町へゆく。

 

炭鉱はすでに寂れ、町も時代も大きく変わろうとしていた。21世紀はじめの中国である。チャオの恋人、ビンはやくざ者。仲間から一目置かれる存在だが、ある夜新興の若者たちに襲われる。ビンを救おうとしてチャオはピストルを発砲。警察の取り調べでもビンをかばい服役する。刑期は5年。

 

しかし、ようやく出所した町にビンの姿はなかった。ビンの新たな恋人がチャオに言い放つ。

 

「人の心は移ろうの」                       

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監督は「山河ノスタルジア山河ノスタルジア - 映画のあとにも人生はつづくジャ・ジャンクー。原題は「江湖儿女」。「江湖」は家族間や土着のネットワークで支えあう裏社会のことだという。

 

「私はずっと、愛も憎しみも恐れない“江湖”のラブストーリーに興味がありました。この映画で描いている2001年~18年の間に、人々の伝統的な価値観や暮らし方は、跡形もないほど変化しました。しかし、“江湖”の人々は独自の価値観や行動規範、掟を守り抜きました。それがとても興味深く魅力的だと思ったのです。」

 

自分をかばって服役した女を捨てたビン。そんな男を追いかけ、はるばる三峡のある奉節までやってきたチャオ。ようやく再会を果たす二人だったが、ビンは静かに告げる。

 

「もう昔の俺じゃない。今のままでは戻れない。」

 

二人きりの部屋の中、厄を落とすためと言い、チャオに火をまたがせるビン。その儀式めいた行いがもの悲しい。そして歳月が再び流れる。

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2018年の大同。車いすに乗ったビンを迎えるチャオ。チャオは雀荘を経営する女主人となっていた。再び故郷の大同で暮らし始める二人だったが…。

 

映画は実に18年もの長い時間を描く。「人の心は移ろう」という。しかし移ろうのはビンの心だけだ。チャオは何も変わらない。変わらない心を持ちながら、ビンを受け入れることもしない。もし“江湖”の愛というものがあるならこういう形なのだろう。なぜ自分を助けるのかとビンが聞くとチャオはこう答える。

 

「江湖の義に従っているだけ」

 

チャオを演じたチャオ・タオはインタビューの中で、こういう言葉を使ってその気持ちを説明している。

 

「灰はまだ熱く燃えているが、氷のように冷え切っている」

                       

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 チャオのように自らの感情を抑え込む生き様は、日本ではもはや化石のようなものか。今は自らの欲望をいかに肯定するかに躍起となる時代なのだから。だからこそ凛としてまぶしいが、同時に痛々しくやるせない哀しみを誘う。

 

監督・脚本:ジャ・ジャンク―
主演:チャオ・タオ、リャオ・ファン
中国・フランス  2018 / 135分

公式サイト

http://www.bitters.co.jp/kaerenai/