映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

妻への家路   ~それでも待ち続ける理由

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監督:チャン・イーモウ

主演:チェン・ダオミン、コン・リー

中国/110分

原題「歸来 COMING HOME」2014

 

轟音をあげて通り過ぎる列車。うずくまる一人の浮浪者。文革の時代、右派と目され強制労働所に送られた男が逃亡した。20年近くも会っていない妻子に一目会うためだ。雨の中、党の役人の目をかいくぐりアパートの扉の前に立つ。映画はそんなサスペンスに満ちたシーンで幕を開ける。

 

夫婦は結局会えることなく男は逮捕されるが、それは実の娘が役人に密会の場所を告げたからだ…。この時、時代に引き裂かれた一組の家族の、長い再生への物語が始まる。

 

やがて文革が終わり男は戻ってくる。一転して平和な中国の町が映し出されるが、妻は心因性の病で夫が判別できなくなっていた。何とか自分を思い出してもらおうとする男。夫が傍にいることが分からず、毎月同じ日に駅に迎えに行く妻。自分の犯した過ちを悔い、許しを求める気持ちを内面に秘める娘。

駅に向かう日の朝、鏡に顔を写して髪を梳く47歳のコン・リーが美しい。

 

チェン・ダオミン演じる夫は宿命を甘受し、自分に出来ることを淡々とやり抜く男だ。かつて逃亡を企てた時も。そして今妻が自分を分からなくなった時も。妻の記憶を取り戻そうとする努力がすべて無駄に終わると、彼は妻に逆らわず、2人で帰らない自分を駅まで迎えに行くことにするのだ。自らを抑え、これほど人の気持ちに寄り添うことができるものなのだろうか。

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「2人の姿が、原作を読んで以来ずっと頭に浮かんで離れなかった」と監督のチャン・イーモウは言う。映画を見終わると、私たちはチャン・イーモウの撮った2人の姿が脳裏から離れなくなる。

 

文革で工場や農場の強制労働に就いていたチャン・イーモウは、文革への批判を映画に込めた。しかしこの二人の生き方は社会問題を超越し得るほどに強い。逆に社会情勢という障害がある故に新たな愛が(しかしそれは元々の愛なのだが)そこに生まれるのではないか、という予感さえ抱かせる。ラスト、降り続く雪の中で佇む2人の姿は静かで揺らぐことがない。

 

そのシーン、元の脚本には映画には描かれなかったこんな台詞のやりとりがあったという。

妻「私たち、まだ待ち続けられるかしら?」

夫「もちろんだよ」

妻「わかったわ。これからも待ちましょう」

 

決して報われないと知りながら抱くかすかな希望の芽が、生きてゆく力を生む。帰ることのない人を待ち続ける2人の共同作業は、「愛」によってではないと誰が言えるだろうか。

 

公式サイト http://cominghome.gaga.ne.jp/