映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

アスファルト

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フランスのとある郊外。今にも崩れそうな団地の一室に住民が集まっている。老朽化したエレベーターを補修すべきかどうか、話し合っているのだ。ほぼ全員が賛成したが一人だけ反対した住民がいる。2階に住む中年男のスタンコヴィッチだ。今までエレベーターを使ったことがない、使わないものにお金を出したくないという。「団結と言うことを知らないのか」となじられるが、結局お金は出さない代わりにエレベーターを使うな、と約束させられた。ところがある時、彼はひょんなことから車いすで暮らす羽目になってしまう…。はてさて。

 

映画はこの団地に住む3人の男女が、それぞれ誰かと出会う物語だ。車いす生活になってしまったスタンコヴィッチをはじめ、引っ越してきたばかりの落ちぶれた女優、なぜか団地の屋上に不時着した宇宙飛行士をかくまう羽目になった主婦。
監督はサミュエル・ベンシェトリ。小説家でもあるらしい。自身が書いた2つの短編にもうひとつエピドードをくわえて脚本化した。

 

「一言でいうなら『落ちてくる』3つの物語、といえるだろう。空から、車いすから、栄光の座から人はどんなふうに“落ち”、どのように再び上がっていくのか。」

           

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落ちてきた宇宙飛行士の若者はアメリカ人で、主婦とは言葉が通じない。主婦には同じ年頃の息子がいるが、服役中でひとり暮らし。寂しさを紛らわすように若者に好意を寄せる。得意のクスクス料理を食べ、片言で会話を交わす二人。宇宙はどんな感じ?と聞くと、飛行士が絵を描きながら答える。

                                                         

「宇宙は海の底のようなものさ。暗闇に囲まれてる。…ギリシャでは、星は天の穴というそうだ。そこには目があって我々を見ている。」
「神ね。」
「そう…神だ。こういう考え方が好きなんだけど、…つまり、暗闇の背後にはまぶしい光があるんだ。」

 

英語が分からない主婦にはおそらく最後の言葉はわからない。だが、言葉では伝わらないことがいい。闇の背後に別の世界があるというイメージ。私たちは闇から抜け出すことは困難なのだけれど、そう思うだけで心が静かに満たされる。その思いが二人に共振する。

 

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三人が三様に孤独であり、出会う人もまた孤独。しかしそれぞれがなぜか惹かれあう。老女優を演じたイザベル・ユペールはこう語っている。

 

「映画全体が孤独がひとつのテーマになっていると思う。孤独が何かのきっかけで表に出て、そしてそれが感動を呼ぶ。それがこの映画の成功の理由ね。それぞれの登場人物が何かしら傷を持っているということなの。」

 

映画の所々で、何かがきしむような不穏な音が流れる。誰もが気に掛けるが、誰もそれが何かを知らない。孤独とはこの不可解な音のようなものかもしれない。ある人は子供の泣き声のようだと言い、ある人は虎の唸り声のようだという。事実は大した問題ではない。聞こえたと人に話すこと。それをきっかけに生まれる想像。話すことで孤独ではなくなる。孤独について話すことで人は孤独でなくなる。

 

こういう物語ってなかなかないけどあってもいいよね、と思わせるうまさがある。そして、見終わった後は静かな勇気をもらえる。素晴らしい映画だと思う。                        

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監督:サミュエル・ベンシェトリ

脚本:サミュエル・ベンシェトリ、ガボル・ラソフ

主演:イザベル・ユペール、ギュスタヴ・ケルヴァン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ

フランス 2015 / 100分

 

公式サイト 

http://www.asphalte-film.com/