ブーケを買おうとしている老人。二束買うと割引なのだが、一束しか必要が無い。店員に一束なら割引額の半額にすべきだと言い募っている。あきれ顔の店員。次に訪れるのは墓地。墓石のそばにたたずむ老人の手にはブーケが二束。結局店員の言うことを聞いたんだなと思わず笑ってしまう。
老人は妻に死なれたばかりのやもめ暮らし。何もかも面白くない。ある日長年勤めた鉄道会社もクビに。首を吊って死のうとするが、窓から見えるのは自分の家に今にもぶつかりそうな引っ越しの車。新しい隣人がやってきたのだ。我慢できず飛び出し、運転の下手さを罵る老人。やれやれ自殺もままならない。
映画は、ひねくれ老人オーヴェのこれまでの半生をはさみながら、引っ越してきた隣人との交流を描く。嫌われ者の老人がどう変わってゆくのか。時に笑いを交えながら、ハラハラドキドキ描いてゆく。
原作の「幸せなひとりぼっち」はスウェーデンの作家フレドリック・パックマンの著作で、250万部の世界的ベストセラーだという。監督・脚本はスウェーデンのハンネス・ホルム。
「オーヴェは私自身の父親に似ている。父親は非常にきっちりした人でね、不愛想で冷たそうに見えたけど、中身は愛情深くて温かい人だった。…そういえば最近、喫煙禁止場所でタバコを吸っている人を見かけたんだ。私は近寄って行って、ここは喫煙禁止だと注意したよ。私もその性格を受け継いでいるのかもしれない。」(ハンネス・ホルム)
まわりが何と思おうと自分の規律に従って生き、周りからは煙たがられる老人は人間の定型の一つだ。しかし大抵の場合、社交的な奥さんが周囲との橋渡し役を行う。そうでなくても大抵の場合、仕事は有能で、不愛想であることが逆に信頼感を産んだりする。この主人公の場合、そのどちらもが一挙に奪われ、嫌われるしかない状況に追い込まれるのだ。
この映画の面白いところはオーヴェの若い日々を描きながら、現在の嫌われ老人を描いてゆくことだ。当たり前だがこんなおじいさんでも若い頃があり、情熱的な恋愛もしたのだ。
よくよく知ってみると可愛げがあって愛すべき人物に思えてくる。隣人の主婦パルヴァネはそのことが直感的にわかるのか、なぜか最初から嫌がるそぶりもない。
ある時、彼に車の運転の教師を頼むのだが、うまくいかずに落ち込んでいると、オーヴェはこういって励ますのだ。
「あなたは3人の子供を産み、戦火のイラクを生き延び、こんな遠くまで旅をしてきて、あんな頼りない旦那と夫婦をやっている。運転ぐらい出来ないわけはない。」
冷たく接するように見えて、こういう風に見ていたのかと改めて感心する。この隣人との出会いでオーヴェは日々の生甲斐を見出すが、彼自身は本質的なところは何も変わっていない。私たちの見方が、彼を知ることで変わったのだ。原作のフレドリック・パックマンはこう語っている。
「本の冒頭でもラストでも同じ人物だ。読者の視点が変わっただけ。彼が感情移入しやすい人物になったのではなくて、読者が彼という人間の理解を深めたということなんだ。」
人を理解することは難しい。でも逆に人は、自分を理解してくれる人がたった一人でもいれば生きていける。そのことをユーモアと少しばかりのペーソスで描く、あたたかな映画である。
監督・脚本:ハンネス・ホルム
主演:ロルフ・ラスゴード
原作:「幸せなひとりぼっち」フレドリック・パックマン著 ハヤカワ文庫
スウェーデン 2015 / 116分
公式サイト