愛知県春日井市。高蔵寺ニュータウンの一隅に、とても小さな雑木林がある。モミ、カエデ、ナラ、シイ、ケヤキ…。林の中を覗いてみると、その奥にはキッチンガーデンが広がる。野菜70種、果物50種。そしてぽつんと平屋建ての家屋。ここに住んでいるのは津端修一さん、英子さん夫婦。二人合わせて177歳。この映画は二人の2年間を記録したドキュメンタリーである。
津端修一さん(90歳)は建築家。平屋はなんと32畳のワンルームで吹き抜け。敬愛する建築家アントニン・レーニン氏の自邸を模して建てたという。自給自足で、多くを手仕事でまかなう生活。大変なことも多いだろうが、日々が充実していることは二人の表情を見ていると伝わってくる。映画では詳しく紹介されなかったが、出来得れば、野菜の種を植え、芽が出て、その成長を見守る日々の姿も追ってほしかったと思う。英子さんはある本でこんなことを語っている。
「毎日見回って、出てきた葉っぱを触ってあげることが大切なの。そうすると気持ちが伝わるのか、不思議と応えてくれるみたい。」(「ききがたり ときをためる暮らし」)
なぜ高蔵寺ニュータウンなのか。それは修一さんの仕事に関わっている。修一さんは日本住宅公団で、戦後の高度成長期に多くの宅地造成の計画に携わった。高根台団地、阿佐ヶ谷住宅、赤羽団地などだ。映画を見て、こんな非効率な暮らしをする人が、どうして効率住宅ともいえる団地を造っていたのか、まったく不思議だった。ただパンフレットにはこんなことが書いてあった。
「ツバタ君が入ってきて、団地は無機的から有機的へと方向を転換した」(建築家・藤森照信氏が聞いた話)
有機的とは建物の配置や道路の曲線、緑の多さなどのことらしい。そして公団のエースとして任されたのが高蔵寺ニュータウンだった。当初「道路以外は全部山で、山に沿って家を建てる」計画が、結局は山を平らにして住宅地を造成することになった。大きな挫折だ。
「計画通りにはこの進まなかったこのニュータウンと、どうかかわっていったらいいのかと、ある時期までずいぶん悩んでいました。」(「ききがたり ときをためる暮らし」)
そしてたまたま、修一さんの母が老後のためにとニュータウンの一隅に購入していた300坪の土地を譲り受け、「自分が食べる野菜を、自分の庭で作る」ことを始めたのだ。50歳を過ぎた頃だった。
「自分が手がけたニュータウンを、自分ならどう生かせるのかをやってみようと。その取り組みの様子を、みなさんに見てもらえればいいと。そう思うと、深い霧がすっと晴れるように、なんだか元気が出てきたんですよ。」(「ききがたり ときをためる暮らし」)
その言葉通り、私たちはその生き方を見ることで、自分の「暮らし」の在り方について考えさせられている。結婚したばかりの頃、修一さんは英子さんにこう語ったという。
「自分ひとりでやれることを見つけてコツコツやれば、時間はかかるけれども何か見えてくるから、とにかく自分でやること」
監督は東海テレビの伏原健之。テレビ番組として制作され映画公開された。プロデューサーは阿武野勝彦。阿武野はタイトル「人生フルーツ」を思いついた瞬間をこう書いている。
「苦しんだ末、風呂に浸かっている時にプカーッと浮かんだ。湯気に煙る鏡に指で書いたら、字が涙のように流れた。…次の日、紙に筆ペンで大きく『人生フルーツ』と書いて、スタッフに見せた。しかし…。嘲笑に近いポカーンと抜けたような表情をしたスタッフ…。私は大いに傷ついた。」
人生フルーツはいいタイトルである。フルーツは何より幸福をイメージさせる。そして甘いだけでも酸っぱいだけでもない複雑な味わいが、この老夫婦にぴたりとくる。甘くもあり酸っぱくもある、巷の人生のすべてが幸福でありますように。
監督:伏原健之
プロデューサー:阿武野勝彦
ナレーション:樹木希林
日本映画 2016 / 91分
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