マイアミ。麻薬地区と呼ばれる一角。瓦礫のようなアパートで、売人のファンはある男の子を見つける。女の子のような繊細な雰囲気をもつその子は、仲間からのいじめにあい、その場所に逃げ込んでいたのだ。ほとんど何も話さずうつむきがちな男の子。名前はシャロン。あだ名はリトルという。
シャロンは“おかま”といってからかわれていたのだが、彼はその意味も知らない。ファンはそんなシャロンを気にかけ、何かと面倒を見ようとする。マイアミのビーチでシャロンに泳ぎを教えるシーンが美しい。海面すれすれのカメラがとらえるシャロンは、驚くような戸惑うような不思議な表情をして、未知の世界を感じ取る。ファンは、自分が子どもの頃に言われた言葉をシャロンに伝える。
「月明かりの下でお前たちの肌は青く輝いて見える」
映画はシャロンが思春期を迎え、大人になるまでを3部で構成されている。それぞれに違う役者が演じるが、同じ雰囲気の「目」を持つ役者を選んだという。監督は長編2作目のバリー・ジェンキンス。
「私自身、黒人やゲイの映画と思って作っているわけではなく、人物そのものを描いている。黒人であることは私の大きな一部だが、映画の全てではない。…人の心の奥底にいつも渦巻いている感情の変化を、見る人がたどれるような物語を作りたいと思った」(朝日新聞インタビュー)
いじめられっ子のシャロンは高校生になっても変わらない。母親の麻薬中毒は次第に度を増してゆく。唯一心を許せるのが幼なじみのケヴィンだ。ある夜、月明かりの浜辺で偶然出会い語り合う。この映画の美しいシーンにはいつも海の匂いがある。そして頬を撫でる風がある。ケヴィンが言う。
「俺たちのところでもこんな風が吹く。風が吹くとみんな静かになる。風を感じたくて。」
「心臓の音しか聞こえないんだろ。」
「そうさ。」
シャロンはこの夜のことを後々まで忘れることがない。
シャロンはあることをきっかけに、ケヴィンと離れる。そして生まれ変わる。生きてゆくために。やがて麻薬の売人となってのし上がったシャロンに、ある日ケヴィンから電話がかかる…。
どんなに外見が変わり、社会的な立ち位置が変わろうとも変わらないものがある。己が人生で本当に望んでいるものだ。それを守るために人は深い孤独を生きなければならない。そしてある時、その柔らかな生の心を差し出す時が来る。おずおずと。人生のほとんどすべてを掛け金にして。映画はそのことを静かに伝え、月明かりの中で終わる。
監督・脚本:バリー・ジェンキンス
主演:トレヴァンテ・ローズ、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス
原案:タレル・アルバン・マクレイニー
アメリカ 2016 / 111分
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