映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

ロープ 戦場の生命線

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前方にほのかな明かりが見える。手前に何か羽根のようなものがゆっくりと回転している。暗い井戸の中から外を見上げた映像だ。やがて回転するものが人間だと分かる。井戸に落ちた人間をロープで引き上げているのだ。しかし水を含んだ死体は重く、ロープが切れてしまう。

 

1995年、民族間の紛争が続くバルカン半島のどこか。ようやく停戦が実現したが、戦争の余波が消えていない。“国境なき水と衛生管理団”は村人の生活用水である井戸水を確保するため、死体を引き上げなければならない。しかし肝心のロープが切れてしまい、なかなか手に入らない。

 

職員のマンブルゥは偶然知り合った地元の少年から、自宅にロープがあると告げられる。少年は両親と離れ祖父の家で暮らしているが、かつて住んでいた家にあるというのだ。マンブルゥは仲間と少年を連れて村に向かうが…。                    

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 監督・脚本はフェルナンド・レオン・デ・アラノア。ボスニア紛争や、ウガンダでの国境なき医師団のドキュメンタリーなども撮ってきたスペインの監督だ。

 

「この映画は戦争の風景ではなく、もうひとつの戦争、つまり静かな戦争に焦点を当てている。前線や和平協定を越えて展開する闘いであり、地雷や武装した子供たち、軍の検問所、一触即発となった隣人に対する憎悪、そしてそれよりも3倍強い母親たちの恐怖の中に起きている戦争である。」

 

車を走らせていると道の真ん中に牛の死体が横たわっている。牛をそこまで引きずってきた跡がある。つまりこれは罠だ。牛をよけて通ればそこに地雷が埋まっている。右か左か、それとも牛の中か。否応なしに理不尽な選択を迫られる。停戦してもそれがこの地域の実態なのだ。

 

映画はマンブルゥの元恋人、新人女性のソフィー、戦場に慣れたビー、現地通訳のダミールが、一本のロープ探索に奔走する中でそれぞれの人間味を発揮してゆく。少年の住んでいた村は破壊され、そこで彼らが見たものは紛争がもたらす過酷な現実だった。ソフィーはこの仕事にまだ慣れず、多くのことに驚き、憤慨し、住民を取り巻く現実の悲惨さに落ち込む。そんな時マンブルゥは彼女に向かってこう言う。

 

「ここでは過去も未来も考えるな。今だけを考えろ。」

 

ここに彼らが置かれた立ち位置がある。それを踏み外すことは即、生命の危険につながるということなのだろう。彼らが対処しなければならない現実とは、高邁な理想ではなく「今」そのものなのだ。

 

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“国境なき水と衛生管理団”というのは知らなかったが、考えてみればこういう人たちがいなければ、死者の数は計り知れないほどになってしまう。本当は戦争の根っこを断つことが重要だとは誰もが知っている。しかし、それを待っている間に大勢が亡くなってゆく。

 

果たしてロープは見つかるのか。井戸に沈んだ死体は引き上げられるのか。時折ブラックなユーモアを交えて物語は進む。監督のフェルナンド・レオン・デ・アラノアは語っている。

 

「大変な悲劇に見舞われていると、荒れ果てた埃だらけの絶望的な土地に、しばしば機知に富んだユーモアが生まれる。なぜなら地球上で、これほど冗談が必要な場所は他にないからである。」

 

原題は「A PERFECT DAY」という。パーフェクトな一日、というのも皮肉なユーモアである。ラストでこのタイトルの意味が理解でき、見ている私たちも苦く大笑いすることができる。

                                                 

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監督・脚本:フェルナンド・レオン・デ・アラノア
主演:ベニチオ・デル・トロティム・ロビンス、メラニー・ティエリー
スペイン  2015 / 106分

公式サイト

http://rope-movie.com/