1980年5月、ソウル。タクシー運転手のキム・マンソプは、学生たちがデモを行い道がふさがれることに苛立つ。客は今にも生まれそうな妊婦で病院へ急いでいるのだ。なぜデモなんかするのか。
「デモをするために大学に入ったんじゃないだろうに」
家に帰ると小学生の一人娘が大家の息子と喧嘩しておでこを擦りむいている。怒鳴り込むサボクだが、家賃を滞納していることを責められると言い返せなくなってしまう。傍らで父親を見つめる娘がいる。父と娘二人暮らしでつまりとても貧乏である。
そんなマンソプは、ひょんなことから外国人記者を乗せて光州へいくことになった。謝礼がいいのにつられて行ったはいいが、そこでは、戒厳令下で軍とデモ隊が衝突する緊迫の事態が進行していた。サボクは記者を置いて逃げ帰ろうとするが、お婆さんが道端でタクシーを求めているのを発見し…。
監督は韓国のチャン・フン。
「この話は平凡なタクシー運転手と外国人記者、それから光州で出会う2人の視線を通じて描かれる“あの日”に対する物語だ。そして平凡なある個人と時代が生んだ、危険な状況に負けず、最後まで自分の仕事を成し遂げたという話でもある。」
この話は実話だそうだ。ドイツ人記者はユルゲン・ヒンツペーター。彼は1980年5月の光州事件を取材し記録した唯一の外国人記者だという。2003年には韓国の民主化に寄与した功労者として第2回ソン・ゴノ言論賞を受賞、その様子は映画でも描かれている。授賞式で彼はこう語っている。
「自分の目で真実を見て伝えたいだけだった。勇敢な韓国人タクシー運転手キム・サボク氏と献身的な光州の若者たちがいなければ、このドキュメンタリーを撮ることは出来なかった。」
この時光州で起きていたことは常軌を逸していた。軍が丸腰の自国民に発砲を続け、傷ついて倒れた人を助けに行く人たちも皆殺しにしているのだ。正気ではない。軍は事実を隠蔽しマスコミも報じない。しかし、タクシー運転手のマンソプは一人娘を思い、記者を置いてソウルに帰ろうとする。
途中娘にこれまで買ってやれなかった新しい靴を買い、喜ぶ姿を想像しながら走るのだが、光州を離れるにつれ、次第に後ろ髪をひかれ始める。このまま客を見捨てて帰っていいのか、しかしあのままあそこにいると危険だ、それに娘が一人なのだから帰らなければ、思いが交錯し道路の真ん中で止まってしまう。
「歴史上の偉人が成し遂げた大きな事柄ではなく、普通の人々の小さな決断と勇気が積み重なり何かが成し遂げられるといった、近くで見ていなければ知り得ない事柄を描きたかった。マンソプのタクシーに乗りながら、観客の皆さんにも、自分たちの話として考えてもらえる機会になれば嬉しい。」(チャン・フン監督)
映画はいくつもの小さな決断と勇気が描かれる。それによって少しずつ政治が変わってゆく。しかし民主主義とはこんなにも犠牲を払わなければならないものなのか。マンソプは逡巡しながら決断を下す。その決断は政治変革のためではなく、友情といったもののためなのだ。そのことが小さな決断と勇気の可能性を信じさせてくれる。
監督:チャン・フン
主演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン
韓国 2017 / 137分
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