目が覚めると父親の部屋から聞き覚えのない女の声がする。15歳のチャーリーは扉の前で少し佇むと帽子をかぶって外に出てゆく。ジョギングするのだが、普段着のせいかどこかへ走って逃げてゆくような感じもする。
学校にも行かず父親と二人暮らしのチャーリーは、ジョギングの途中、近くの競馬場で馬の世話を頼まれる。馬の名はリーン・オン・ピート。チャーリーは次第にこの馬にのめりこんでゆくが、女性騎手のポニーは
「馬を愛しちゃダメ。必要なのは勝つ馬。それが現実」
という。競走馬は勝たなければ生きている意味がないというのだ。
ある日、この間家に泊めた女性の亭主が夜中に怒鳴り込んでくる。殴られた父親は、倒れこんだガラス窓の破片で大けがを負い入院。リーン・オン・ピートの遠征中になんと急死してしまう。悪いことは重なるもので、老馬のリーン・オン・ピートもレースに負けメキシコに送られることになった。
チャーリーは、伯母が住むというワイオミング州を目指し、リーン・オン・ピートを黙って連れ出すのだが…。
監督・脚本は「さざなみ」のアンドリュー・ヘイ。
「彼ら(自分の作品の主人公)はみんな、自分が世界の中でいかに孤独であるかを必死に理解しようとしている。孤高なのではなく孤独。世界から引き離され、置いてきぼりにされてしまったような感覚だ。ぼくらのほとんどはたぶん、人生の中でひとりでいることをなるべく避けようと生きているものじゃないかな。そして再びひとりになることは、どれだけ辛いことか。」
父を失い、愛する馬を見捨てようとする人たちから逃げ、ひとりになった少年と馬の、荒野を渡る道のりは厳しい。車の故障、荒野の動物たちの鳴き声におびえる馬、出会った人の豹変、いくつもの出来事が降りかかり、そのたびごとにチャーリーは選択を迫られる。
チャーリーの胸にいつもあるのはかつて幸福だった家族の思い出だ。歩きながら馬のピートに語りかけるその思い出が彼に勇気を与える。災難に会うたび、施設に入る選択を拒んできた背景にはこの思い出の力があるのだろう。叔母さんに会いさえすれば…。
原作はアメリカの作家ウィリー・ヴローティンの同名小説で、その序文にはスタインベックのこんな言葉が引用されているという。
「たしかに人は弱く、病みがちで、諍いを起こす。だがもしそれだけの存在なら、われわれは何千年も前にこの地上から消えていただろう」
理不尽な目に会いながら、チャーリーは「それだけ」ではない小さな光を見つめ続けた。チャーリーにとってそれは幼いころの家族の思い出だった。そのまなざしは逆に、私たちにとって「小さな光」とはいったい何なのか、もう一度思い起こさせる清新な力がある。
監督・脚本:アンドリュー・ヘイ
主演:チャーリー・プラマー、スティーヴ・ブシェミ
イギリス 2017 / 122分
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