映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

永遠の門 ゴッホの見た未来

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麦畑の小道をやって来る羊飼いの少女に声をかける。

 

「止まって。君を描きたいんだ。デッサンだよ」

 

驚き不思議そうに見つめる少女。カメラの目線は語りかけた画家、ゴッホそのものである。

 

すぐに場面が変わってパリのカフェ。芸術家組合の議論を横目に店を出るゴッホに、ゴーギャンが近寄る。日本の浮世絵のようなものを描きたい、日の光を描きたいんだというゴッホゴーギャンは言う。

 

「南に行け」
              
ゴッホは35歳。南仏のアルル。この映画は、ゴッホがアルルに赴きやがて亡くなるまでの3年間を追っている。ただし物語を説明的に追うことはしない。ゴッホが見た風景や人物を、なるべくゴッホの主観映像でとらえようと試みる。

                  

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麦畑が黄金色に輝き、丘の上からは遠く山々が静かに横たわっているのが見える。恍惚となる画家にカメラは寄り添い、ともに見つめる。ゴッホは言う。

 

「僕が見ているものを人々と分かち合いたい」

 

監督は、「夜になる前に」「潜水服は蝶の夢を見るジュリアン・シュナーベル。監督自身も画家であり、監督デビューは遅く、画家のバスキアを描いた作品で45歳の時だった。

 

「もともとありきたりの伝記には興味なかったし、ゴッホの人生などみんなもう知っている。そうではなく、ゴッホの中で何が起こったのか、彼の視点を通して語ることで観客は彼が感じたことを追体験できるような映画にしたかった。ゴッホに関する既成の事実や彼の手紙、その言葉を参考にしながらも、彼の絵画に関する私自身の感性、言葉にならないインスピレーションをもとにしてね。」

 

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生前のゴッホはほとんど認められることはなかった。それどころかアルルでは、彼の精神が病んでいるとして不安を覚えた市民たちが、彼を入院させることを嘆願する署名活動まで行われた。ゴッホは手紙にこう書いている。

 

「僕ら画家たちの生活は見すぼらしい。この恩知らずの地球の上では。ほとんど実際の役にも立たぬ画家という職業の困難なばからしいくびきの下に、むなしく月日を送るのだ。地上では『芸術への愛が真の愛を失わせているのだ』」ゴッホの手紙」小林秀雄

 

署名の大きなきっかけとなったのは、共同生活を始めたゴーギャンとの不和で自ら耳を切り落とした、有名な耳切事件だ。彼はある瞬間に意識が飛び、その間のことは記憶から無くなってしまう。普通の市民生活からすれば困ったことで、当然多くの問題を引き起こす。

 

「自然を見ると――すべてを結びつける絆が、より鮮明に見える。エネルギーの振動が、神の声が時々強烈すぎて意識を失う。」ゴッホの言葉:映画より)
                      

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彼の唯一の理解者は弟のテオだ。世界にただ一人兄の才能を認め、援助を続けた。それにしても芸術が認められるとか、受け入れられるというのはどういうことなのかと考える。ゴッホがその死後認められ、尋常とも思えない値で取引されていることはよく知られる。

 

「未来の人々のために神は僕を画家にした」(〃)

 

ゴッホは言う。

 

「人生は種まきの時期だ。収穫はまた別だ」(〃)

 

時代にあう、あわないということは確かにあるだろうけれど、認められる、ということの不思議さを思う。それにしても、芸術とはいったい何だろうか。芸術について絶対的な基準がどこかにあって、それをクリアしたものが芸術なのだろうか。たとえそうであったとして、普通に生きる人間にとって、それが芸術と名付けられることにどれだけの意味を持つのだろうか。

 

勝手な考えだが(誰かが言っていたような気もしますが)、芸術は波動である。作品内部の波動が時代に共鳴した時、だれにとっても感知できる調べとなって受け入れられる。だがたとえ時代に合わなくても、孤独に響き続けている作品があればそれは芸術と言っていいのだろう。それを感知するのはたった一人、自分だけでもいい。

 

感知する人間がいないとそれは社会的には存在しないと同様だが、それも感知できた人間にはどうでもいいことかもしれない。

 

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妄想や幻聴が悪化し市民の嘆願で入院したゴッホは、退院後オーヴェールの麦畑の近くで拳銃による重傷を負い、2日後に亡くなった。自殺説が有力だが、映画では別の解釈を取っている。

 

ゴッホの見たものを映像に定着しようと試みた作品だが、最もインパクトを与えるのはゴッホを演じたウィレム・デフォーだ。ゴッホを見たこともないが、これがまさしくゴッホだと思える不思議なオーラを放っている。必見だと思う。

 

監督・共同脚本:ジュリアン・シュナーベル
主演:ウィレム・デフォー
イギリス・フランス・アメリカ  2019/ 111分

公式サイト

https://gaga.ne.jp/gogh/