台北郊外に幸福路という通りがある。チーは幼いころ両親と一緒にこの町に引っ越してきた。トラックの荷台に母娘人で揺られながらチーは聞く。
「幸福って何?」
お母さんが笑いながら答える。
「おなか一杯食べて眠れることだよ」
運河の水は汚く、工場からは怪しげな色の煙が漂ってくる。だがここがチーの故郷だ。入学した小学校では、金髪で青い目の女の子や、鳩飼の息子と仲良しになる。3人は鳩小屋の屋根に上っては、「ガッチャマン」の歌を歌いながら自分たちの未来を高らかに宣言する。
「偉い人になって世の中を変えるんだ」
それがチーの未来、のはずだった。
チーは今36歳。アメリカでアメリカ人の夫と暮らしているが、祖母の死の報に接して帰ってきた。ある深刻な悩みとともに…。
監督は台湾のソン・シンイン。自らの半生をつづったが、半分事実、半分がフィクションだという。このアニメでは、先住民のアミ族だという祖母の言葉がとても印象的だ。チーが悩んだ時には、いつも独特のやり方と言葉で励ましてくれる。
「お前が何を信じるかで、人生が決まるんだよ。すべては思いの強さにかかっているのさ」
ソン監督は言う。
「比べる人がいないので、おばあちゃんというのはみな、ビンロウを噛んだりタバコを吸うものだと思っていました。でも学校に入ると、台湾原住民のアミ族は野蛮人だと教えられました。母もアミ族の血を隠していましたし、そのコンプレックスから私の祖母への感情は軽蔑に近かったと思います。」
やがてその認識が変わっていく頃には祖母は亡くなっていた。
「映画の中の『チーにはアミ族の血が4分の1流れている』という台詞には祖母へのお詫びの気持ちが込められています。」
チーは成長すると、医者になって金持ちになるという両親の期待を裏切り、文科系に進んだ。卒業後あまり満足のできない仕事につくが、やがていとこの誘いでアメリカに渡ることになる。いつも少しだけ思い描いた未来とずれたところにいるチー。
今帰郷している彼女の悩み、それはアメリカで生活を続けるのか、それともこの幸福路に帰って来るのかという選択だった。帰って来るならアメリカ人の夫とは別れることになる。さらに大きな問題も抱えている。チーは幸福ではないのだろうか?
時々思うが、私たちは何かを目指して進んでいる時が一番幸福なのだ。手に入れたものに幸福を感じるのはたった一瞬でしかない。不思議なものだと思う。監督も同じことを言っていてとても共感する。
「劇中のおばあちゃんの言葉にあるように、永遠の幸せなんてないんです。だから私たちは、日々奮闘し続けなくてはいけない。幸せとはゴールではなく、私たちが進む『路』とともにあるものだと思っています。そんな想いをタイトルに込めました。」
作品は台湾の戦後史を背景に、幼馴染のその後の人生も挟み込んでゆく。ああこの国でこんな出来事があり、こんな女性がいたのだと、懐かしくて新鮮な驚きがあった。
監督・脚本:ソン・シンイン
出演:グイ・ルンメイ
原題:幸福路上
台湾 2017 / 111分
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