映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

レ・ミゼラブル

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2018年、フランスがサッカーW杯を制した。パリ郊外の団地に住む移民の子どもたちも狂喜し、フランスが一体となる場面から映画が始まる。

 

だが、日常に戻ったパリ郊外の団地では、不穏な空気がいつも流れている。パリの華やかさとは天と地ほどかけ離れた、貧しいゆえの鬱屈と不満。ほとんどが移民か、その子どもたちだ。周辺では麻薬売人の縄張り争いも繰り広げられる。そんな町に新たに赴任してきた警官がいる。ステファンだ。

 

先輩警官たちと見回りにでるステファンだが、先輩の差別的言辞や恫喝から、この町の警官は住民から一片の信頼も得ていないことに気づく。そんな時、ロマのサーカス団からライオンの子どもが盗まれ、盗んだ黒人少年を探すことになる。

 

少年はやがて見つかるが、逃亡しようとしたため先輩警官がゴム弾を発砲してしまう。顔に大けがを負う少年。しかし偶然、その様子をドローンで撮影していた若者がいた。公表されると暴動が起きるかもしれない。慌てた先輩警官は血眼になって撮影者を探し始める…。                    

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監督はラジ・リ。舞台となったモンフェルメイユの団地に生まれ育ち、今も住みながら数々のドキュメンタリーを制作した。この映画は、すべて実際の出来事に基づいているという。

 

「ワールドカップ勝利の歓喜はもちろん、新しい警官の着任、ドローン、ライオン泥棒とロマのエピソードもね。近所のあらゆる出来事、特に警官たちを5年間撮影しました。…私は今もここに住んでいます。それが私の生活であり、ここでの撮影が大好きです。ここが私のセットなんです!」

 

いつもドキュメンタリーで表現していることを、今回なぜフィクションとして映像化したのか。そこには特別な思いがあるような気がする。ドキュメンタリーでは描けなかったこととは何なのだろうか?

 

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それは警官という存在かもしれない。ステファンは新任だからなのか、警官としての正義感を正常に保った存在だ。大けがをした少年をほったらかしにしないで手当てしようとするし、ゴム弾を撃った先輩警官を問い詰めたりもする。

 

ゴム弾を撃った警官は言う。

「ここは俺たちの町だ。尊敬されているのは俺たちだけだ」

ステファンが返す。

「何が尊敬だよ。みな恐れているだけだ」

 

だが現実は、そのステファンのまっとうな感覚など通じないほど、警官への無数の怒りに満ちている。

 

「警官もサバイバルモードで、彼らにとっても厳しい状況です。本作は裏社会の人々を支持するものでも警官を支持するものでもなく、できる限り公平であろうとしました。…こうした警官たちの大部分は十分な教育を受けておらず、彼ら自身も同じ地域で過酷な境遇にあるのです。」   

         

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すべてを公平に見ようとするその視線は、映画の最後にも生かされる。最終盤、ステファンたちは絶体絶命の危機に陥るが、最後の最後でその審判は観客に委ねられるのだ。それは、見る側それぞれのレベルで想像すればよい、という監督の、観客に対するやさしさでもあると思う。

 

レ・ミゼラブルとはビクトル・ユーゴーの小説のタイトルでもあり、「哀れな人びと」を意味する。哀れなのは一体誰なのか、ぞしてなぜ人は哀れな行動をとってしまうのか。最後に小説の一節が紹介され幕を閉じる。

 

「友よ、よく覚えておけ、悪い草も悪い人間もない。育てる者が悪いだけだ。」

 

監督・脚本:ラジ・リ
主演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ
フランス  2019 / 104分

公式サイト

http://lesmiserables-movie.com/