映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

燃ゆる女の肖像

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白いキャンバスに線が引かれる。モデルの女性がふと気づいたように、自分を描き始めた画学生に訊ねる。

 

あの絵は何?

 

部屋の片隅に立てかけられたそれは、モデルとなって画学生を教えている女性がかつて描いた絵だった。足元のドレスが燃えている女性。タイトルはなんていうんですかと画学生が訊ねる。モデルの女性マリアンヌが答える。

 

「燃ゆる女の肖像」だと。

 

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18世紀後半、若かり画家しマリアンヌはフランス・ブルターニュの孤島に船で渡る。そこで、伯爵夫人の娘の肖像画を描くためだ。イタリアへ嫁ぐことが嫌な娘エロイーズは、肖像画を描かせようとしないらしい。一計を案じた伯爵夫人は、マリアンヌを画家ではなく散歩の同伴者として紹介し、顔を盗み見て描くことを依頼した。

 

数日がたち、マリアンヌの盗み見たエロイーズが完成する。自らが画家であるという真実とともに明らかにされた肖像画。一目見たエロイーズは、

 

これは私じゃない

 

と言う。

 

ショックを受けたマリアンヌはもう一度描くことを欲し、エロイーズは描かれることを受け入れる。その時から、お互いのまなざしがゆっくりと変わり始める…。

 

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監督はセリーヌ・シアマ。

 

「その時代、肖像画が流行したことで多くの女性が絵を描くことを職業としていたのです。ただ、彼女たちは歴史に名を残していません。この忘れ去られた女性画家たちの作品を発見した時、とても興奮しましたが、同時に悲しみも感じました。それは匿名性を運命づけられた作品に対する悲しみです。」

 

古い洋館の床の軋みや暖炉の音、生活にかかわる現実音が静かにその時代の雰囲気を伝える。音楽もほとんど使われていない。

 

「音楽をできるだけ使わなかったのは、当時の感覚をできるだけ再現するためでした。音楽は、彼女たちの人生において、求めながらも遠い存在のものとして描きたかったし、その感覚を観客にも共有してほしかったのです。」

 

ふたりはやがて恋に落ちる。描くものと描かれるもの、どちらも相手を見つめ続け、何かが通いあう。それはプラトニックなものでなく、濃密なエロスを伴うものだ。ふたりの心の激しい動きは、美しい映像の中で静かに震える。

 

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やがて肖像画は完成し、時代の常識は当然のようにふたりを引き裂くことになる。長い歳月ののちふたりは再会することになるが、この時エロイーズは決してマリアンヌを見ようとはしなかった。あれほどお互いを見つめ続けたふたりが。

 

この時に至るまで幾たび、どれほどの時間、苦しく美しい記憶を辿らなければならなかったか。見ることを拒否するエロイーズの横顔の震えが、苦しい時を過ごしたことを彷彿とさせ胸に迫る。

 

監督・脚本セリーヌ・シアマ
主演:ノエミ・メルラン、アデル・エネル
フランス  2019 / 122分

公式サイト

映画『燃ゆる女の肖像』 公式サイト (gaga.ne.jp)