映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

羊飼いと風船

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曇りガラスのようなものを通して見える青空。幼い兄弟が見ているのは、羊たち、おじいちゃん、そしてお父さんがバイクに乗ってやって来る。曇りガラスのようなものは風船だ。だけどただの風船ではない。枕の下にある風船。だからお父さんにこっぴどく叱られ、ぱあんと割られてしまう。


広大なチベットの草原に暮らす羊飼いの家族。逞しい種羊を仕入れてきた夫に、妻のドルカルは、


あなたみたいね

 

と笑う。

だがそれは微妙な笑い。悩みは妊娠するかもという不安だ。チベットでは中国の指導を受けて、4人目を産むと罰金が科せられるという。幼い兄弟のほか、町で高校に通う男の子がいる。罰金だけではない。日々の子育て、家事、牧場の仕事、すべてが今めいっぱいのドルカルは余裕がない。

 

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村の診療所で避妊手術を相談するかと思えば、かつて恋愛問題で傷つき尼僧になった妹に、自分も俗世の煩わしさを避け、尼僧院に行きたいと呟く。

 

そんなある日、おじいちゃんが突然亡くなり、ドルカルは不思議な夢を見る。2年もの間子を産まなかった雌羊が子を産むという夢だ。そこから物語は急展開する…。

 

監督はチベットの小説家でもある、ペマ・ツェテン(51)。

 

「90年代の中国では、政府による一人っ子政策が実施されていて、チベットでもその影響は強く現れていました。そこでこの政策と絡めたコンドームを使い、白い風船にして膨らませて飛ばすというアイデアを思いついた。赤い風船と白い風船という組み合わせを、映画のメインのビジュアルイメージとして思いついたわけです。」

 

夫のタルギェはおじいちゃんが亡くなると、すぐ高僧のところへ行き、いつどこに転生するかと聞く。輪廻転生、つまり生まれ変わりだ。これはチベット人として普通の習慣だという。監督のペマ・ツェテンは、言う。

 

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「実は私も幼いころ、祖父から『お前は私の叔父さんの生まれ変わりだ』と言われていました。なぜなら幼い私が知りえないような、『自分はどこからきてどう生きてきたか』という話を自らしていたから。…それほど輪廻転生とは普遍的な概念なんです。」

 

タルギェの質問に答えて高僧は、すぐに家族のものに帰ってくると予言する。同じ頃ドルカルの妊娠が判明する。ドルカルは診療所の勧めもあり中絶を決意するが、タルギェはおじいちゃんの転生だとして産むことを強く求め、口論になると手をあげてしまう…。

 

おじいちゃんの生まれ変わりを死なせてしまっていいのか、現実のひっ迫した生活はどうするのか、それぞれの立場で思い悩む。

 

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やがて病院の分娩台にいるドルカルの元に、タルギェと長男が駆け込んでくる。

 

「僕、じいちゃんの魂に帰ってきてほしい」

 

という長男。驚くようなドルカルの顔。果たして…。

 

どちらを選択するにせよ、おじいちゃんはとても幸せ者だと思えた。この一言で、おじいちゃんと孫たちの親密な関わりがフラッシュバックのように脳裏を去来し、暖かな気持ちに包まれる。

 

そういえばおじいちゃんはコンドームなど知らず、なぜ灰色の風船がいけないのか分からなかったなあ、と思いだす。

 

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監督・脚本:ペマ・ツェテン
主演:ソナム・ワンモ、ジンバ、ヤンシクツォ
中国  2019 / 102分

公式サイト

http://www.bitters.co.jp/hitsujikai/