映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

やすらぎの森

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「苦しみから逃れるために孤独になった。今だったらそんな選択はしない」

(画家テッドの言葉)

 

カナダ、ケベック州の南西部。鬱蒼とした針葉樹の森のなかに小さな湖がある。畔に暮らすのは世を捨てた3人の老人。ウサギを捕まえ、魚を釣る自給自足の生活。湖で、飼い犬と水浴びをするのが毎朝の日課だ。ある時一人の老人が心臓発作で亡くなる。その老人テッドはこの場所でひたすら絵を描き続けていた。

 

入れ替わるように一人の老女がやってくる。60年もの間精神科病棟で暮らしていたシェルトルード。16歳までこの地域で暮らしていたシェルトルードは、弟の葬儀のために外出したのをきっかけにこの森に逃げ込んできた。

 

「兄弟のことはまったく覚えていない。幻のよう。でも森と湖は忘れられないの」

 

シェルトルードはマリー・デネージュという新たな名前を自分につけ、画家テッドが暮らした小屋で人生を再スタートさせた。

 

そしてもう一人の登場人物。若い女性写真家のラファエルは、かつてこの地域を襲った山火事の生存者の証言を撮り続けていた。そして画家テッドが家族を6人もなくしていたことを知り、この森に足を踏み入れる。彼のアトリエにあったのは、かつての山火事を彷彿とさせる絵の数々だった…。

 

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監督はカナダのルイーズ・アルシャンポー、51歳。原作の小説「And the Birds Rained Down(そして鳥が雨のように降ってきた)」を読んだときの印象をこう語っている。ちなみに映画の原題は小説のタイトルの仏訳で、かつての山火事についての証言から引いている。

 

「ジョスリーヌ(原作者)の筆致は非常に映画的でした。カナダ・ケベック州のアビティビ川近く、森の中に隠れた世捨て人たちのキャビン、霧の中、暗い湖が鮮明に描写され、湿った森や衣類、薪ストーブのにおいまで感じ取ることができます。私たちは、年老いて警戒心も強い世捨て人たちの日常生活を目にします。彼らの満たされた生活を見る一方、突如として現れた80歳のジェルトルード/マリー・テネージュに魅了されるのです。」

 

マリー・テネージュはやがて、家族を捨てこの森に来たチャーリーと恋に落ちる。ふたりが愛を交わすシーンは静かで穏やかでとても美しい。演じたアンドレ・ラシャペルは撮影当時88歳というから驚く。マリーはこうした行為は何度も経験があると語る。ドアの裏とか部屋の片隅で、入所者や職員と。出産もしたことがある。でも愛撫やキスは経験がないという。チャーリーはいつまでもマリーの肌を撫でつづける。 

 

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写真家のラファエルは、テッドが遺した絵の中に一枚だけ女性の肖像画があることに気づく。隠遁者テッドにも秘められた恋があったのだ。しかし山火事での惨劇の記憶がテッドを苦しめ、そのことで愛をうまく育むことが出来なかったという。そして逃げるようにこの森に隠遁した。何年もたってから相手に送られた彼の手紙にはこう記されていた。

 

「苦しみから逃れるために孤独になった。今だったらそんな選択はしない」

 

森も永久に静かではありえない。再びこの地域に山火事が起こり、広がる火の手が湖に近づいてきた。州警察に見つかると大麻を栽培していることや、マリーが精神病院から抜け出してきたことが知られてしまう。どうするか?もう一人の老人、ミュージシャンのトムは体の不調があり、青酸カリでの死を選ぶ。マリーとチャーリーは果たして?

 

マリー役のアンドレ・ラシャペルは、この作品が遺作となった。撮影の数か月後がんが見つかり、その1年後に尊厳死を選んだ。家族に囲まれ歌を唄って笑って亡くなったという。この映画のテーマの一つは、自分で死ぬ時を選ぶ尊厳死。不思議な因縁だ。享年88歳だった。

 

監督・脚本:ルイーズ・アルシャンボー
主演:アンドレ・ラシャペル、ジルベール・スィコット、エブ・ランドリー
カナダ  2019 / 126分

 

公式サイト

5/21(金)、全国順次公開『やすらぎの森』公式サイト (espace-sarou.com)