映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

名も無い日

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「怖ろしくて怖ろしくてどうしようもない。こんな気持ち、あんたにわかるん?」

                                                                                                (章人の言葉)

 

 熱田神宮の熱田まつりは毎年6月、名古屋に夏の到来を感じさせる祭りだという。お椀をさかさまにした形にいくつもの提灯が飾られ、高さ18mの巨大な光のモニュメントが海を渡ってゆく。それを見ている男の後ろ姿がこの映画のファーストシーンである。

 

ニューヨークでカメラマンとして活躍する達也(永瀬正敏)は、何年かぶりに故郷に帰ってきた。しかし帰る家は、廃墟のように人を近づけない建物に変貌している。街中のビジネスホテルに泊まる達也だが、そこに弟、隆史(金子ノブアキ)夫婦も泊まっていた。

 

何があったのか、見る人には少しずつしか情報が与えられない。だんだんと分かってくるのは、この兄弟には間にもう一人の兄弟がいて、最近亡くなってしまったらしいということだ。それも尋常な死ではない。隆史は兄の達也に「明日警察だから」と念押しをする。

 

そのもう一人の兄弟、次男の章人(オダギリジョー)は、東大とハーバードを卒業した秀才で、一流企業に勤めていたという。その男が不審な死を遂げた。

 

達也は、立ち寄った居酒屋の前で、高校時代の同級生明美今井美樹)と再会する。明美は高校時代の級友がみな、その当時事故で亡くなった友人のことを忘れているみたいで許せない、と達也に語る。

 

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弟の章人と高校時代の友人。物語はこの二人の死をめぐり、のこされた者たちの思いで刻まれてゆくことになる。

 

監督は写真家でもある日比遊一。実話をもとにしているという。というより、実際の経験をどうしても映画にしたかったのだ。

 

「最初にあったのは死んだ弟への罪悪感でした。僕は18歳で地元を飛び出し、それから実家に帰らず、あまり兄弟とも過ごしていなかったんです。世界40か国くらいに行き、すべてを知ったように思っていたけれど、本当は兄弟や実家、地元のことをまるで何も知らない。弟に対して何かできたのではないかと思い、もういない彼への手紙を書いたこともあります。」

 

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章人は、他の二人の兄弟が実家を離れ自由に生きている間、がんで早くから闘病生活に入った父親と、病弱な母親を支えていた。しかし両親が亡くなった後、一人で家のなかに引きこもるようになり、さらには片目を患ってしまい…。

 

ある時、達也が実家に戻ると、部屋に引きこもったままでろくに掃除もしていない章人がいた。「どうしちまったんだ?」と詰め寄る達也。後ろ向きのまま章人が呟く。

 

「かっこいいよな。かっこいいよ。正義の味方。」

 

そしてこう続けるのだ。

 

「怖ろしくて怖ろしくてどうしようもない。こんな気持ち、あんたにわかるん?」

 

章人が死体となって発見されたとき、すでに6か月が経過していた。「孤独死」と言われる。それまで周りの誰にも気づかれなかった。のこされたものたちが抱える後悔ははかり知れず、渦巻く感情の収まりがつかない。

 

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 一方元同級生の明美は、友人を事故で亡くしてから26年間、人生の時を止めていた。ひとりで誰とも交わらずひっそりと生きている。ここにも大きな荷物をかかえて取りのこされたものがいる。あるときいつもの墓参りに達也を誘うが、そこに亡くなった友人の母親がやってくる。母親を前にした明美は、堰を切ったように26年前の、ある後悔を語る…。

 

一言でいうなら無骨な映画だと思う。ガシガシという音が聞こえてくるような。でもそれはやはり魅力ということなのだろう。監督が、実際の弟の死後にあてた手紙が、自筆のままパンフレットに掲載されている。弟への思いと自身の後悔にあふれた文章が心に響く。

 

「・・・なに?お前、笑っとるか? 『お兄ちゃん、またそうやって格好つけて、だめだって』 わかっとる、うん、生きるって簡単じゃない、わかっとるがや でも、俺は・・・まだまだ生きる、生きたる 章人、・・・お前と向き合って、いつまでもいつまでもどんなことでもどんなときでも お前と付き合ったる」

 

監督:石井裕也
主演:永瀬正敏オダギリジョー金子ノブアキ今井美樹真木よう子
日本  2021 / 124分

 

公式サイト

映画「名も無い日」公式サイト|2021年6月11日全国公開 5月28日東海3県先行公開 (namonaihi.com)