映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

キネマの神様

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映画があるじゃない     

         ( 娘の歩の言葉)

 

山田洋次89歳の89作目の作品。この映画の原作となる小説を書いた原田マハは、山田監督について、

 

「滋味あふれる人生を描き、人情深い映画の数々を撮ってきた伝説の監督」

 

と語る。果たしてこの映画は?

 

ギャンブルに身をやつし、借金をしては家族に迷惑をかける78歳のゴウ(沢田研二)。離婚して子ども(前田旺志郎)を連れて戻っている49歳の一人娘、歩(寺島しのぶ)と、妻の淑子(宮本信子)との4人暮らし。ある日、借金取りが家にまでやってくるや、歩の怒りが爆発。ゴウからクレジットカードと年金の口座カードを取り上げてしまう。

 

「俺からギャンブルを取ったら何を楽しみに生きていけばいいんだ!」

 

と叫ぶゴウに、娘は

 

「映画があるじゃない」

 

という。かつて映画業界で働いた経験があるゴウは、映画だけは今でも欠かさずに見に行く男なのだ。家を飛び出したゴウは、親友が支配人をしている「テアトル銀幕」という名画座に行き、かつて自分が助監督として携わった映画を見ることになる。

 

出演するのは往年の名女優、桂園子。その瞳に自分が映っているというゴウ。瞳にクローズアップするとそこにはかつて、映画制作に打ち込んだゴウの若き日の姿があった。映画はここから、若き日のゴウ(菅田将暉)と、現在のゴウが交互に語られることになる。

 

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若き日のゴウは情熱にあふれ、先輩監督を乗り越えて自分なりの映画を創造しようと格闘していた。試写室で映写係をしていた親友のテラシンと、撮影所近くの料理屋の娘、淑子との三角関係を中心に、清水宏がモデルだという出水監督(リリーフランキー)、原節子をモデルにした桂園子(北川景子)などとの交流が、ある懐かしさを伴って描かれる。

 

テラシンとゴウの、映画をめぐる会話が面白い。助監督としてついている出水監督の映画をこう評するのだ。

 

「凡庸なアングル、つまらない芝居の役者、しかし出来上がってみると面白い」

 

テラシンは、

 

「そこが映画の面白いところだ」

 

と言ってさらに、こう言うのだ。

 

「カットとカットの間に神様が宿るんだ」

 

ゴウには、温めていたあるアイデアがあった。それを語ると、テラシンや淑子たちは絶賛、ゴウの才能に惜しみない拍手を送る。そしてゴウはそのアイデアを脚本にし、ついに監督としてデビューすることになるが…。

 

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山田洋次が新聞のインタビューで面白いことを言っていた。この映画でもゴウに託して描かれるが、自分が考えることを先輩カメラマンがことごとく否定する。山田監督は、畜生!と思いながら先輩に従ったのだが、仕上がってみると、

 

「ギョッとするくらい僕の映画になっていたんです。カメラマンに言われるままに撮っちゃったのが自分では不満だったんだけどね。映画というのは、僕が想像したのとは全然違うものなんだということがその時に分かりました」(朝日新聞 8.13)

 

しかしゴウは山田洋次とは違う道を辿る。初監督経験であっさり映画製作をあきらめ、田舎に帰ってしまうのだ。みなに絶賛されたゴウのアイデアは、本人も語るように単なる思いつきにすぎなくて、全く凡庸なアイデアだったのだろうか。

 

そして50年。淑子とのごく普通の夫婦生活(浮気問題はあったようだが)の果てに今がある。いったいどんな仕事をして、どんな生活を送ってきたのだろうか。田舎に帰るといっていたのにどうして東京にいるのだろう。今のゴウを見ると、妻の淑子の50年の苦労は並大抵のものではなかったろう。だから娘の歩は、何があっても夫を許すこの母を責め続ける。

 

しかしこの映画は、そうしたごく凡庸な人生こそがすばらしく価値あるものなのだと語っている。言ってみれば菅田将暉から沢田研二、あるいは永野芽郁から宮本信子に至るまでの、描かれない50年という時間に価値があり、その時間を想像させるためにこの映画のすべてのカットがある。そのカットとカットの間にある(と言っていい)人生の時間にこそ神が宿るのだ。

 

最後に、ゴウが若い時に思いついたアイデアをめぐって、映画の神様がくれる奇跡が起きる。だが、奇跡など起きなくてもよい。そこに映画があれば。

 

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監督:山田洋次
主演:沢田研二菅田将暉寺島しのぶ宮本信子北川景子
日本  2021 / 125分 

映画『キネマの神様』公式サイト|大ヒット上映中 (shochiku.co.jp)

 


・・・と、ここまで書いて、原作の小説を読んだ。まったく違う物語だった。こちらは映画製作の人たちではなく、映画を受け取る人たちの話。だから何より「キネマの神様」の宿る場所が違う。ゴウは「ニュー・シネマ・パラダイス」を見て、自分の日誌にこう書きつける。

 

「ああ、おれはほんとに映画が好きだ。映画が好きで、映画を観続ける人生でよかった」

 

映画好きの人なら、この小説を読んで映画を観続けることに大きな勇気をもらえる。まあ映画を観るのに勇気とか必要ないですが、それでも。

 

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👆こちらは原作者が映画をノベライズしたという珍しいもの

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