映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

アナザーラウンド

f:id:mikanpro:20210913205005j:plain


北欧デンマーク。なんともやる気のない高校教師マーティン(マッツ・ミケルセン)が主人公。授業では何を言ってるのかさっぱり分からず、受験を控えた生徒の保護者が、連れ立って学校に文句を言いに来る始末。ここまであからさまに、やる気のない教師がいるのかなとちょっといぶかるくらいだ。家に帰っても夜勤の多い妻とは会話がなく、要は人生に疲れているらしい。

 

ある時、同僚教師の集まりで、こんな話を聞く。

 

「人間の血中アルコール濃度は0.05%が理想。この数字を維持すればパフォーマンスがあがり、人生が向上する」

 

ノルウェーの哲学者の話では、「そもそも人間は血中アルコール濃度が0.05%足りない状態で生まれてきている」のだそうだ。翌日、仕事の前にマーティンはこの理論を試すことにする。つまり飲酒してから仕事をすることにしたのだ。

 

理論というほどのことなのかと思うが、マーティンに効果はてきめん。授業は見違えるほど面白くなり、生徒が拍手喝采するほどだ。それを見た同僚教師たちは、仮説を検証する実験だとして、4人で同じように0.05%を実践。するとそれぞれのパフォーマンスが急激に上がっていく…。

 

f:id:mikanpro:20210913205044j:plain

 

ここまで見ると、なんだか酒飲みの自己弁護みたいな映画だなと思うのだが、同時にこのままでは終わるわけないなとも思う。案の定マーティンは、この数値は人によって違うはずだと言いだし、徐々にその濃度を上げていくのだ。果たして…。

 

監督はデンマークのトマス・ヴィンターベア。

 

「酒は人々のパフォーマンスや決断をより高めることがあるのだということを、僕はこの映画で語りたかった。でも、酒は人を殺すこともある。そこが酒のとても興味深いところなんです。」

 

映画は、マーティンの妻や子供たちとの関係の回復を軸に展開していく。酒の力で途中まではうまくいくのだが、濃度を上げていった果てに大失敗を犯す。ついには妻との離婚騒動にまで。実験はやはり、教師たちに散々な結果をもたらすのだが、とはいえ映画の冒頭のような、無気力な教師であり続けるよりはいいのかとも思う。

 

f:id:mikanpro:20210913205124j:plain

 

マーティンたちが大失敗するのと並行して、実験に参加した教師の一人は、生徒にも酒を勧める。面接がうまくいかずに悩む受け持ちの生徒に、始まる前に酒を飲んでみろというのだ。(ちなみにデンマークでは16歳以上で飲酒ができるそうです。)酒でようやく落ち着いた生徒は、教官が出したテーマ、キルケゴールについて答え、以下のような言葉を引くのだが、教師たちにとってはなんとも皮肉。

 

「大切なのは、失敗した後自分の不完全さを認めることだ」

 

これは寓話のような映画だが、その教訓は、人生で出会うあらゆることに両面があり、片面だけ味わうなんて無理なんだということ。マーティンはこの映画のあとも酒を飲み続けるだろう。そして失敗を重ねるに違いない。ま、それもよしか、と思わせる映画である。

 

ちなみに「アナザーラウンド」とは、「もう一杯」という意味だそうです。懲りないですね。

 

f:id:mikanpro:20210913205156j:plain

 

脚本・監督:トマス・ヴィンターベア
主演:マッツ・ミケルセン、マリア・ボネヴィー
デンマークスウェーデン・オランダ  2020 / 117分

 

映画『アナザーラウンド』オフィシャルサイト (anotherround-movie.com)