梅切らぬバカ
一軒家の庭先で、中年になった息子の髪を切る母親。庭には1本の大きな梅の木があり、枝が敷地をはみ出して細い通りをふさいでいる。隣に誰かが引っ越してきたが、枝が邪魔をする。息子は忠(ちゅう)さん(塚地武雅)。知的な障害を抱えているように見える。隣に引っ越してきた家族の父親は、
「あの枝、なんとかしてもらえ」
と妻に怒っている。
忠さんは49歳。朝6時45分に必ず目が覚める。56分にトイレ。7時00分になると朝食。そのたびに時刻を口に出す。毎日その繰り返し。母親の珠子(加賀まりこ)も歳だ。さすがに2人暮らしは厳しい年齢になってきた。
「このまま共倒れになっちゃうのかねえ」
ある時忠さんがぎっくり腰になってしまい、動かそうとして畳に崩れ落ちた珠子は、いよいよグループホームに入居させることを決めた。ただこのグループホームは、近隣住民が様々な理由をつけ反対している。そこで新たな暮らしを始めた忠さんだったが…。
監督は和島香太郎。「梅切らぬバカ」というタイトルは「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という格言からとられているという。桜は下手に切ると腐りやすく、梅は余計な枝を切らないと良い花が咲かず実もつかない。人間も、それぞれの特性に合わせて付き合うことが大事という教えだそうだ。
映画では、まさしく現実の梅の枝が通りをふさいで邪魔をしており、珠子も切ろうとするが忠さんがそれを嫌がるのだ。
「不要な枝は切らなきゃ駄目だというけれど、結局何が不要なのか、梅の木を現実に置き換えると、分からなくなっていく。人と関わっていく難しさに悩み、間違って切り落としてしまう枝もあると思います。そんな失敗や、よい方向に向かっていくプロセスを感じ取ってもらいたいです」(和島香太郎監督)
グループホームに入った忠さんは、相変わらずマイペース。朝6時45分に必ず目が覚め、56分にトイレ。7時00分になると朝食、なのだが、56分にトイレがふさがっていると大パニック…。マイペースな忠さんと同居の人たちとのやり取りに笑ってしまう。こうした障害を持つ人たちの様々反応は、ふつうには予期しないものが多くて、思わず笑いが起きる。同時に、頭の中を掃除してもらうようですっきりする。なんだかとても気持ちがいい。
塚地武雅はよく見る俳優なので、こうした役をやるといかにも演技している感があるのだが、嫌みがなく見慣れてくると気にならなくなる。また、「ありがとう」など一言のセリフが多いが、セリフの言うときは塚地に戻ってしまっており、いいのか悪いのか逆にそこに変な面白さが生まれている。
忠さんはある夜、隣家の子どもに誘われ乗馬クラブの厩舎に入り込んでしまう。馬が大好きなのだ。仔馬をひいて喜ぶ忠さんだったが、警備員に見つかってしまい…。
伸びた梅の木の枝は、最初は切ってしまう終わりにする予定だったそうだ。しかし珠子役の加賀まりこが「自分の人生を否定されている気持ちになるんだよね」といい、切らないことにした。加賀まりこのパートナーの息子さんも同じ自閉症だという。
最初は嫌がっていた隣家の夫だが、少しくらい邪魔になってもまあいいか、という気持ちの幅が忠さんと付き合っていくうちにできてくる。何とも巧みなタイトルだと思う。監督に話した加賀まりこの、そのあとの言葉がいい。
「梅切らぬバカでいさせてよ」
脚本・監督:和島香太郎
主演:塚地武雅、加賀まりこ、渡辺いっけい、森口瑤子
日本 2021 / 77分
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