アイ・アム まきもと
牧本壮、48歳。市役所職員だが、「おみおくり係」という少し変わった仕事をしている。身寄りがなく独りで亡くなった人を無縁墓地に葬るのだ。その部署は彼一人しかいない。警察から連絡が入ると、亡くなった部屋に行き、遺品を確認。身寄りと呼べるような人がいれば、連絡する。たいていの場合、引取りはおろか葬式に出ることも拒否される。
牧本(阿部サダヲ)の仕事はとても丁寧。遺品の中にあったその人の写真などを持ち帰り、自分のスクラップブックに張り付け、その人の人生を想像する。そして葬式をあげてあげる、それも自費で。
ただ周りの空気を読むのは苦手。人の話を聞かない。相手が戸惑っているのに気づくと、
「牧本、こうなってました」
と両手を頭の左右で前後に振る。自分のペースを崩さない、いわゆる変わり者である。
ある時、効率重視の局長が赴任してきて「おみおくり係」の廃止を言い渡される。牧本にとって最後の仕事は、向かいのアパートで亡くなった蕪木孝一郎(宇崎竜童)だった。警察は身寄りがないと断定したが、部屋にあったアルバムから娘がいるはずだと考えた牧本は、蕪木を知る人々に会いに出かけてゆく…。
監督は「舞子Haaaan!!!」の水田伸生。これは2015年に日本で公開されたイタリア映画「おみおくりの作法」(ウベルト・パゾリーニ監督)のリメイクである。(→おみおくりの作法 ~人生をリスペクトする方法 - 映画のあとにも人生はつづく (hatenablog.com))
牧本は蕪木の人生をたどるうち、彼に関係する様々な人に出会ってゆく…。主人公は「おみおくりの作法」よりもかなり変わった人物として描かれていると思う。もしかしたら牧本の言動は障害を持っているとも見られかねないのだが、周囲は困った男だと思いながらもしょうがないなと言う感じで接している、その距離感がいい。
特に同じ工場に勤めていた平光(松尾スズキ)とのやりとりは笑ってしまう。平光が、
「あんた、恐ろしく察しが悪いな」
と言ったときには思わず吹き出してしまった。こんな人がいると風穴があいて、社会は煮詰まっていかないかもしれない。でもそれもやはり周囲の受け取り次第なのだ。
亡くなった蕪木は、いたるところで喧嘩を繰り返し問題を起こし続けていたが、女性にはモテていたという。蕪木はなぜ妻と娘を捨てたのか、携帯電話に残された田んぼの風景に写されていたものは何だったのか。それらを知った牧本にとって蕪木はヒーローになる。そしてある決断をする…。
脚本の倉持裕はこう語っている。
「いくら孤独に生きようと、はたまた破天荒に生きようと、どんな去り方をしようと、知らず知らず誰かとかかわって、自分では思いもよらない印象を残しているものだなと、改めて思った」
もしかするとこれまで牧本がおみおくりした人たちは、牧本にとって何らかの意味ですべてヒーローヒロインなのだ。なお、小説版の「アイ・アムまきもと」というのも出ていて、牧本の「おみおくり係」になる以前のこと(市役所では以前、生活保護課にいた)が描かれている。映画をみて興味を持たれた方はどうぞ。
主演:阿部サダヲ、満島ひかり、宮沢りえ、國村隼、松尾スズキ
日本 2022/ 105分
小説:「アイ・アム まきもと」黒野伸一著(徳間文庫)