秘密の森の、その向こう
8歳の女の子、ネリー。廊下を渡り、次々に病室を訪れてはそこにいるお年寄りに「さよなら」を言って歩く。おばあちゃんが暮らしていた病院のようだ。でも自分のおばあちゃんにはさよならを言うことが出来なかった。
荷物を持って両親と一緒に向かうのは、かつて母親が子ども時代を過ごしたおばあちゃんの家。後片づけをするのだ。
森の中にある一軒家。昔の自分のノートを手に取り、物思いに沈む母親。
「昔のママのノート。取っておくのは気が滅入る」
ネリーはそんな母親に
「私も悲しいの。さよならを言えなかったから」
という。
優しく抱きしめてくれる母親だったが、翌朝起きると、いなくなってしまっていた。父親はこういう時の対処を心得ているようでもあり、何事もなかったかのように家の片づけを続ける。
ショックを受けたネリーは森を歩くうち、同世代の少女が木の枝を運んでいるのを見つける。粗末だが木の枝を立てかけた小屋を作っているのだ。名前はマリオン。母親と同じ名前だ。しかもマリオンの家に行くと自分たちの家と全く同じ。そこではおばあちゃんらしき人が眠っていた…。
この不思議な物語を監督したのは、セリーヌ・シアマ。「燃ゆる女の肖像」でカンヌの脚本賞を受賞した。(→ 燃ゆる女の肖像 - 映画のあとにも人生はつづく (hatenablog.com))
「本作は、頭にふと浮かんだ映像から生まれました。それは紅葉が美しい森に建つ一軒家の前に、二人の少女が立っている映像でした。そしてこの二人は、一人が母親で一人が娘という設定にしたら面白いんじゃないかと。子ども時代の母と娘が出会うというミステリアスな要素があるので、神話時代の物語さながらの設定に自分なりの解釈を加えて描いたら面白いのではと思ったのです。」
ネリーはこの現象を素直に受け入れ、二人は小屋を作りながら親友になっていく。そんなある日、マリオンは3日後に脚の手術を受けると打ち明ける。今手術をしないと、杖を突いて歩く母親のようになると言われたのだ。
「秘密って内緒にすることじゃなく、打ち明ける相手がいないだけ」
手術に対する怖れを抱くマリオンと、母親がいなくなった不安を抱えるネリー。お互いを思いやる二人だったが、小屋が完成した時、ネリーは秘密を打ち明ける決心をする…。
良く練られた脚本で、73分という小品だが、とても美しくミステリアスで、人生に対する深い洞察に満ちている。母親マリオンはなぜ出ていったのか。子ども時代の自分とネリーが出会ったことで、マリオンの人生はどう変わってゆくのか。変わらないのか。見る人が物語を肉付けしてゆく。
「私が悲しいのは私のせいで、あなたのせいじゃない」
マリオンの言葉が印象的でいつまでも頭の中でリフレインする。
監督・脚本・衣装:セリーヌ・シアマ
主演:ジョセフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス
フランス 2021 / 73分
映画『秘密の森の、その向こう』 公式サイト (gaga.ne.jp)