19世紀の末、フランス南部の片田舎にシュヴァルという男がいた。若くして妻を亡くしたが、その葬儀の時でさえ人前に出ることを嫌がるほどの、極端な人見知りである。変わり者だったせいか子どもは親せきが引き取り、シュヴァルは一人で生活するようになった。
郵便配達夫のシュヴァルは歩くのが仕事だ。黙々と山道を1日32キロ。のちに定年で引退するまで22万2720km、地球5周分を歩いたという。
人見知りのシュヴァルも、やがて新しい妻を娶ることになる。郵便配達の途中でよく見かける女性と恋に落ちたのだ。新しい妻となったフィロメーヌは、まわりから変わり者と一緒になったといわれるが、
「変わっているけど、心のきれいな人なの」
とすまして答える。
娘が生まれても、扱いが分からないシュヴァルは常におどおどしている。しかしようやく慣れてくると家庭は順風満帆だった。配達途中の山の中で、ある“石”を拾うまでは…。
ある時、山の中で大きな石につまずいた。その不思議な形に魅せられ持ち帰ると、それから着想を得て、自分で石の宮殿を作ることを思いつく。幼い娘に言う。
「ひらめいたぞ、アリス。君の宮殿を建てる!」
監督はニルス・タヴェルニエ。もともとは俳優であったらしい。ドキュメンタリー作家を経て劇映画は3作目。これは実話である。
「この作品ではシュヴァルのつらく厳しい人生が描かれていますが、その背景には壮大な自然とドローム県の素晴らしい風景が広がっています。このコントラストを映像で表現したいと考えました。そして特に色調にこだわり、映画が進むにつれてシュヴァルの存在が優しく光り輝いたものに見えるようにしました。」
思いついてからが大変だ。石を拾って来ては手作業で石を重ね置いてゆくのだ。気の遠くなるような作業。フィロメールは大反対だったが、頑固なシュヴァルは結局譲らない。
幼い娘のアリスには、作りかけの宮殿は恰好の遊び場だったが、村人やわんぱく小僧たちにはからかいの的になる。
「ヘンテコ宮殿のお姫様」
だがそのへんてこな宮殿は、次第に海外にも広く知られてゆくようになる。素人の建築物がなぜ?シュヴァルはだれに教わったと聞かれると必ずこう答える。
「木や風や鳥が教えてくれる」
パンフレットに寄稿されている建築家の岡啓輔氏の言葉が印象的だった。岡氏は15年前から東京の港区で、シュヴァルと同じように、コンクリートのビルを一人で作り続けているという。
「…ある日ふと、街の建物がすごくつまらなく見えてきたんです。誰かが頭で考えた図面の通りに、忠実に建てられただけで、死んでいるみたいだな、と。作る過程で携わる、多くの人間の意図をまったく反映していない。僕は、建てながら考えたことや感じたことを織り込みながら、作っていきたいと思いました。」
シュヴァルを演じたジャック・ガンブランがいい。自分自身を鑿で彫り込んだような表情が、シュヴァルの数奇な人生を映しこんでいる。
監督:ニルス・タヴェルニエ
主演:ジャック・ガンブラン、レティシア・カスタ
フランス 2018 / 105分
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