映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

やすらぎの森

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「苦しみから逃れるために孤独になった。今だったらそんな選択はしない」

(画家テッドの言葉)

 

カナダ、ケベック州の南西部。鬱蒼とした針葉樹の森のなかに小さな湖がある。畔に暮らすのは世を捨てた3人の老人。ウサギを捕まえ、魚を釣る自給自足の生活。湖で、飼い犬と水浴びをするのが毎朝の日課だ。ある時一人の老人が心臓発作で亡くなる。その老人テッドはこの場所でひたすら絵を描き続けていた。

 

入れ替わるように一人の老女がやってくる。60年もの間精神科病棟で暮らしていたシェルトルード。16歳までこの地域で暮らしていたシェルトルードは、弟の葬儀のために外出したのをきっかけにこの森に逃げ込んできた。

 

「兄弟のことはまったく覚えていない。幻のよう。でも森と湖は忘れられないの」

 

シェルトルードはマリー・デネージュという新たな名前を自分につけ、画家テッドが暮らした小屋で人生を再スタートさせた。

 

そしてもう一人の登場人物。若い女性写真家のラファエルは、かつてこの地域を襲った山火事の生存者の証言を撮り続けていた。そして画家テッドが家族を6人もなくしていたことを知り、この森に足を踏み入れる。彼のアトリエにあったのは、かつての山火事を彷彿とさせる絵の数々だった…。

 

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監督はカナダのルイーズ・アルシャンポー、51歳。原作の小説「And the Birds Rained Down(そして鳥が雨のように降ってきた)」を読んだときの印象をこう語っている。ちなみに映画の原題は小説のタイトルの仏訳で、かつての山火事についての証言から引いている。

 

「ジョスリーヌ(原作者)の筆致は非常に映画的でした。カナダ・ケベック州のアビティビ川近く、森の中に隠れた世捨て人たちのキャビン、霧の中、暗い湖が鮮明に描写され、湿った森や衣類、薪ストーブのにおいまで感じ取ることができます。私たちは、年老いて警戒心も強い世捨て人たちの日常生活を目にします。彼らの満たされた生活を見る一方、突如として現れた80歳のジェルトルード/マリー・テネージュに魅了されるのです。」

 

マリー・テネージュはやがて、家族を捨てこの森に来たチャーリーと恋に落ちる。ふたりが愛を交わすシーンは静かで穏やかでとても美しい。演じたアンドレ・ラシャペルは撮影当時88歳というから驚く。マリーはこうした行為は何度も経験があると語る。ドアの裏とか部屋の片隅で、入所者や職員と。出産もしたことがある。でも愛撫やキスは経験がないという。チャーリーはいつまでもマリーの肌を撫でつづける。 

 

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写真家のラファエルは、テッドが遺した絵の中に一枚だけ女性の肖像画があることに気づく。隠遁者テッドにも秘められた恋があったのだ。しかし山火事での惨劇の記憶がテッドを苦しめ、そのことで愛をうまく育むことが出来なかったという。そして逃げるようにこの森に隠遁した。何年もたってから相手に送られた彼の手紙にはこう記されていた。

 

「苦しみから逃れるために孤独になった。今だったらそんな選択はしない」

 

森も永久に静かではありえない。再びこの地域に山火事が起こり、広がる火の手が湖に近づいてきた。州警察に見つかると大麻を栽培していることや、マリーが精神病院から抜け出してきたことが知られてしまう。どうするか?もう一人の老人、ミュージシャンのトムは体の不調があり、青酸カリでの死を選ぶ。マリーとチャーリーは果たして?

 

マリー役のアンドレ・ラシャペルは、この作品が遺作となった。撮影の数か月後がんが見つかり、その1年後に尊厳死を選んだ。家族に囲まれ歌を唄って笑って亡くなったという。この映画のテーマの一つは、自分で死ぬ時を選ぶ尊厳死。不思議な因縁だ。享年88歳だった。

 

監督・脚本:ルイーズ・アルシャンボー
主演:アンドレ・ラシャペル、ジルベール・スィコット、エブ・ランドリー
カナダ  2019 / 126分

 

公式サイト

5/21(金)、全国順次公開『やすらぎの森』公式サイト (espace-sarou.com)

 

茜色に焼かれる

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30がらみの男が鼻歌を歌いながら自転車に乗っている。幹線道路の交差点を渡ろうとするが、1台の乗用車が猛スピードでやってくる。あっという間の事故。乗用車にはアクセルとブレーキを踏み間違えた高齢ドライバーが乗っていた。

 

物語はその7年後から始まる。事故で亡くなった男(オダギリジョー)の妻、田中良子尾野真千子)は中1の息子と公営住宅でふたり暮らし。良子は息子の順平から見ても変わり者の母親だ。先日も夫を死なせた高齢ドライバーの葬式に出かけてゆき、追い返されたばかり。高齢ドライバーはいわゆる高級官僚で、アルツハイマーだったということで罪に問われることなく92歳の天寿を全うしていた。

 

良子はこの事故から少しも立ち直れていない。映画は物語を進めていくというよりも、少しずつ良子の身の回りのことを明らかにしてゆく。少し前までカフェを営んでいたがコロナで閉業。スーパーの生け花コーナーでバイトしていること。それだけでは生計がたたず、風俗店でも仕事をしていること。なぜ生計が立たないかといえば、義理の父親の老人ホーム代に10万以上かかり、かつ夫の愛人の娘のために養育費を出していること。

 

そんな良子の生活にある日大きな変化が現れる。中学の同級生の男と偶然再会したのだ。その男は妻と離婚したという。分かりやすく華やいで見せる良子だったが…。

 

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監督は、「夜空はいつでも最高密度の青色だ(夜空はいつでも最高密度の青色だ - 映画のあとにも人生はつづく (hatenablog.com)石井裕也。空の色にこだわりがある人なのだろう。地べたを這いずる人間のどうしようもなさを描いて、空の色とはまったく関係がないように見える映画だが、逆にだからこそ空に惹かれるのかもしれない。

 

「コロナ禍でシングルマザーを出して、風俗もあって理不尽な事故もあり、いじめまである。そういう要素だけを列挙すると当然、『私は弱者の立場に立っています』という偽善的なものに見える。嫌ですよ。そういう作品が他にあったら、僕自身が作り手に疑念を持ちます。なのに、今回は何故か自信がありました。多分、本当にやりたかったことがその先にあったからだと思うんです。散々な苦難の先にある、今この時代にしか描けない強烈な愛と希望です。」

 

良子のまわりにはろくでもない男が集まってくる。自分の父親の名誉を守ることだけに必死な事故を起こした高級官僚の息子、細かなルールを盾にいつも難詰するスーパーの店長、風俗嬢を貶めることでプライドを保とうとする風俗店の客。それぞれの理不尽を、良子は作り笑顔で受け止める。時には相手をハグして「まあ頑張りましょう」と言う。

 

ある時風俗店の店長(永瀬正敏)が、リストカットを繰り返す女の子がいたことについて触れ、「なぜ生きたくないのにみんな生きてるんだろうね。死にたきゃ死ねばいいのに」というと、良子は大笑いして同意する。「そうですよね。死にたければ死ねばいいんですよね」

 

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なぜ怒らないの?と風俗店の仲間のケイは言う。なぜそんなことで笑えるの? しかし良子は7年前から死にたがっているのかもしれないと思う。悲しいから笑っているのだ。怒りと悲しみを内に抱え静かに笑っている姿勢は、日本人の多くが持つ特性なのだろうか。

 

ただ事故の賠償金を受け取ろうとせず、風俗の仕事も辞さない良子には、強固なプライドがある。賠償金を受け取らなかったのはドライバーが謝らなかったからだという。

 

「一言も謝らず、虫けらのように扱ったの」

 

ただその怒りは受け身の怒りだ。攻撃的ではない。

 

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そんな良子にも怒りを爆発させる時が来る。まっとうな怒りはまっとうなコミュニケーションの道を開く、といいのにと思う。しかし地べたの日常はそんな風にきれいに展開するはずがない。だからこそ空の色が美しく見えるのだ。その時、傷ついた良子が流した涙はびっくりするほどに眩しく、今も忘れられないでいる。

 

監督・脚本・編集:石井裕也
主演:尾野真千子、和田庵、片山友希、永瀬正敏
日本  2021 / 114分

 

公式サイト

大ヒット公開中!『茜色に焼かれる』公式サイト (akaneiro-movie.com)

 

すばらしき世界

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窓の格子に雪が積もっている。旭川刑務所。初老の男がこの日、13年の刑期満了を迎える。刑務官とのやり取りで、自分の行った殺人を少しも反省していないとわかる。刑務官も持て余す男だったらしい。笑いながら「三上だけはもうごめんだ」という。三上正夫、街に向かうバスの中でネクタイを締めなおし、今度ばっかりは堅気ぞ、とつぶやく。

 

身元保証人のいる東京で三上は、母親を探してほしいとテレビ局に連絡を取る。若いディレクターの津乃田は、面白い映像が撮れるかもしれないと三上に密着、堅気になろうとするその姿をカメラに収めることになった。

 

だが、やはり現実はうまくいかない。三上が考えるようには三上を社会が欲してくれない。それでも周囲の善意に励まされ頑張る三上だったが、生来の暴力癖が時折顔を出す。おかしいと思ったことを腕力で解決しようとしてしまうのだ。

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おやじ狩りのチンピラ二人を叩きのめした時には、ディレクターの津乃田も怖くなって逃げだしてしまう。後日電話で三上に、

 

「なんで戦ってぶちのめすしか策がないと思うんですか?逃げるのも立派な解決手段ですよ」

 

という。だが三上は、

 

「損得勘定でしか生きとらん人間の言うこったい、そりゃ。善良な市民がリンチにおうとっても見過ごすのがご立派な人生ですか」

 

と怒りが爆発する。

 

堅気になるのが難しいと思ったのか、三上はそのあと昔の仲間に連絡を取るのだが…。

 

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原作は佐木隆三の「身分帳」で、実話をもとにした小説である。監督は「永い言い訳永い言い訳 - 映画のあとにも人生はつづく (hatenablog.com) 西川美和。主人公の三上正夫についてこう語っている。

 

人間性を剝き出しにしたような人なので、周囲に厄介ごとをたくさんもたらしたでしょうし、佐木隆三さんもとてもたくさん、厄介な目に遭っていたんじゃないかなって思います。それでもこの男を書こうと佐木さんが思うような魅力があった。周りの人が面倒を見てあげたくなるような、人好きなところがあったんだろうと思います。」

 

津乃田は、三上の母親のことを調べ、三上が子供のころいた施設と連絡を取る。そして二人で施設を訪れたりもする。津乃田は三上の人間性に触れることで、番組にならなくても三上のことを「書きたい」と思うようになる。

 

やがて、親切な市役所のケースワーカーが、老人介護施設の職を紹介してくれた。パートだが、ここでは三上の前歴を知ったうえで雇い入れてくれるという。親切にしてくれる人たちに祝ってもらっている席で三上は、

 

「辛抱、肝に銘じます!」

 

と強く宣言する。

 

そんな三上についてTVプロデューサーの吉澤は、「フツーの三上さんで何書くの?」と揶揄するが、津乃田はこう言い返すのだ。

 

「普通になるんですよ、三上さんは。それでも書きます。書けます、僕。」

 

「それでも書く」のではなく、「それだから書く」のだろう。だが、真面目に勤め始めた介護施設の現場では、障がいを持っている職員をからかう若い職員がいた。それを目の当たりにした三上は…。

 

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映画の最後がとんでもなく切ない。どうしてこういう終わりにするんだろうと監督を恨むほどだ。西川美和という監督は答えのない問いをもって彷徨い、映画にその痕跡を残す。見ている私たちは同じ迷路にはまって、しばらく自身に問い続けることになる。人と人の間に生きるとはどういうことかと。

 

脚本・監督:西川美和
主演:役所広司、仲野太賀、長澤まさみ、六角精児
日本  2021 / 126分

原案:佐木隆三「身分帳」(講談社文庫)

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公式サイト

映画『すばらしき世界』オフィシャルサイト|大ヒット上映中 (warnerbros.co.jp)

 

羊飼いと風船

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曇りガラスのようなものを通して見える青空。幼い兄弟が見ているのは、羊たち、おじいちゃん、そしてお父さんがバイクに乗ってやって来る。曇りガラスのようなものは風船だ。だけどただの風船ではない。枕の下にある風船。だからお父さんにこっぴどく叱られ、ぱあんと割られてしまう。


広大なチベットの草原に暮らす羊飼いの家族。逞しい種羊を仕入れてきた夫に、妻のドルカルは、


あなたみたいね

 

と笑う。

だがそれは微妙な笑い。悩みは妊娠するかもという不安だ。チベットでは中国の指導を受けて、4人目を産むと罰金が科せられるという。幼い兄弟のほか、町で高校に通う男の子がいる。罰金だけではない。日々の子育て、家事、牧場の仕事、すべてが今めいっぱいのドルカルは余裕がない。

 

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村の診療所で避妊手術を相談するかと思えば、かつて恋愛問題で傷つき尼僧になった妹に、自分も俗世の煩わしさを避け、尼僧院に行きたいと呟く。

 

そんなある日、おじいちゃんが突然亡くなり、ドルカルは不思議な夢を見る。2年もの間子を産まなかった雌羊が子を産むという夢だ。そこから物語は急展開する…。

 

監督はチベットの小説家でもある、ペマ・ツェテン(51)。

 

「90年代の中国では、政府による一人っ子政策が実施されていて、チベットでもその影響は強く現れていました。そこでこの政策と絡めたコンドームを使い、白い風船にして膨らませて飛ばすというアイデアを思いついた。赤い風船と白い風船という組み合わせを、映画のメインのビジュアルイメージとして思いついたわけです。」

 

夫のタルギェはおじいちゃんが亡くなると、すぐ高僧のところへ行き、いつどこに転生するかと聞く。輪廻転生、つまり生まれ変わりだ。これはチベット人として普通の習慣だという。監督のペマ・ツェテンは、言う。

 

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「実は私も幼いころ、祖父から『お前は私の叔父さんの生まれ変わりだ』と言われていました。なぜなら幼い私が知りえないような、『自分はどこからきてどう生きてきたか』という話を自らしていたから。…それほど輪廻転生とは普遍的な概念なんです。」

 

タルギェの質問に答えて高僧は、すぐに家族のものに帰ってくると予言する。同じ頃ドルカルの妊娠が判明する。ドルカルは診療所の勧めもあり中絶を決意するが、タルギェはおじいちゃんの転生だとして産むことを強く求め、口論になると手をあげてしまう…。

 

おじいちゃんの生まれ変わりを死なせてしまっていいのか、現実のひっ迫した生活はどうするのか、それぞれの立場で思い悩む。

 

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やがて病院の分娩台にいるドルカルの元に、タルギェと長男が駆け込んでくる。

 

「僕、じいちゃんの魂に帰ってきてほしい」

 

という長男。驚くようなドルカルの顔。果たして…。

 

どちらを選択するにせよ、おじいちゃんはとても幸せ者だと思えた。この一言で、おじいちゃんと孫たちの親密な関わりがフラッシュバックのように脳裏を去来し、暖かな気持ちに包まれる。

 

そういえばおじいちゃんはコンドームなど知らず、なぜ灰色の風船がいけないのか分からなかったなあ、と思いだす。

 

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監督・脚本:ペマ・ツェテン
主演:ソナム・ワンモ、ジンバ、ヤンシクツォ
中国  2019 / 102分

公式サイト

http://www.bitters.co.jp/hitsujikai/

この世界に残されて

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第二次世界大戦後間もないハンガリー。16歳のクララは初潮を迎えるのが遅く、心配した叔母に連れられ産婦人科で検診を受けている。

 

医師のアラダールが、

 

 「お母さんも不順だった?」

 

と問うと、

 

「まだ生きてる」

 

と強い口調で答える。だが、すでに両親と妹はこの世にいない。ホロコーストで虐殺されたのだ。数日後クララは再び病院にやってくると、なぜかアラダールの家までついてくる。歩きながら叔母のことを口汚くののしるクララ。家族に取り残された自分を不幸だと嘆く。

 

戸惑うアラダールだが、すがりつくクララを優しく抱きしめもする。アラダールも同じように家族を失ったのだ。16歳の少女と中年の産婦人科医。ささやかな物語が始まる。

 

監督・脚本はハンガリーバルナバーシュ・トート。43歳。

「僕はこの作品をホロコースト映画だとは思っていません。その最中の恐怖ではなく、むしろそのあと、筆舌に尽くしがたい経験をして生き延びた者たちに何が起こったか、そして彼らがどう向き合ったかを描きたかったのです。」

 

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ある夜、アラダールがドアを開けるとずぶ濡れのクララがいた。叔母が、

 

「娼婦を預かった覚えはない」

 

と怒って言ったという。アラダールがクララを送った際、家の前で彼女を抱きしめたのを見たのだ。クララは泣きながら、

 

「ひとりが怖いと娼婦になるの?」

 

と聞く。

 

叔母の家では、もったいないからとなかなか入れないバスタブに浸かるクララ。目の前には在りし日の妹が屈託なく笑っている。幻影を見つめるクララには、妹を守ってと母親に言われ、それを果たせなかった大きな悔いがある。

 

ふたり並んで横になるとアラダールが静かにいう。

 

「ひとりが怖くても娼婦じゃない。私も同じだ。」

 

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この世界に残された二人。お互いに惹かれあいながら、しかし恋愛感情を封印してゆく。それは、年の差もあるが、何より「今ここにいない大切な人たちのため」ためなのだろう。ある日、クララはアラダールの古いアルバムを見て、彼にかつて家族がいたことを知る。ページを繰ってゆくと幸せそうな子供の写真が現れ、それを見るやクララは号泣するのだ。

 

戦後ハンガリーソ連支配下にあり、市民はお互いを監視する不自由な状態を続けていた。密告されると夜中に警察がやってきて、有無もいいわせず連れてゆかれる。ふたりはこうした暗い時代を生きながら、やがてそれぞれにパートナーを見つけるのだが…。

 

とても静かなたたずまいの映画だ。物語の最後、アラダールは涙を見せるが、そのわけは観客の想像にゆだねられる。それは大切な人たちを思う悲しみなのか?人生を律しなければならない苦しみなのか? ただ、残されたものたちが、それほどいろいろなものを背負う必要があるのだろうか、と思う。

 

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監督・脚本バルナバーシュ・トート
主演:カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セイケ
ハンガリー  2019 / 88分

公式サイト

映画『この世界に残されて』公式サイト

 

燃ゆる女の肖像

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白いキャンバスに線が引かれる。モデルの女性がふと気づいたように、自分を描き始めた画学生に訊ねる。

 

あの絵は何?

 

部屋の片隅に立てかけられたそれは、モデルとなって画学生を教えている女性がかつて描いた絵だった。足元のドレスが燃えている女性。タイトルはなんていうんですかと画学生が訊ねる。モデルの女性マリアンヌが答える。

 

「燃ゆる女の肖像」だと。

 

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18世紀後半、若かり画家しマリアンヌはフランス・ブルターニュの孤島に船で渡る。そこで、伯爵夫人の娘の肖像画を描くためだ。イタリアへ嫁ぐことが嫌な娘エロイーズは、肖像画を描かせようとしないらしい。一計を案じた伯爵夫人は、マリアンヌを画家ではなく散歩の同伴者として紹介し、顔を盗み見て描くことを依頼した。

 

数日がたち、マリアンヌの盗み見たエロイーズが完成する。自らが画家であるという真実とともに明らかにされた肖像画。一目見たエロイーズは、

 

これは私じゃない

 

と言う。

 

ショックを受けたマリアンヌはもう一度描くことを欲し、エロイーズは描かれることを受け入れる。その時から、お互いのまなざしがゆっくりと変わり始める…。

 

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監督はセリーヌ・シアマ。

 

「その時代、肖像画が流行したことで多くの女性が絵を描くことを職業としていたのです。ただ、彼女たちは歴史に名を残していません。この忘れ去られた女性画家たちの作品を発見した時、とても興奮しましたが、同時に悲しみも感じました。それは匿名性を運命づけられた作品に対する悲しみです。」

 

古い洋館の床の軋みや暖炉の音、生活にかかわる現実音が静かにその時代の雰囲気を伝える。音楽もほとんど使われていない。

 

「音楽をできるだけ使わなかったのは、当時の感覚をできるだけ再現するためでした。音楽は、彼女たちの人生において、求めながらも遠い存在のものとして描きたかったし、その感覚を観客にも共有してほしかったのです。」

 

ふたりはやがて恋に落ちる。描くものと描かれるもの、どちらも相手を見つめ続け、何かが通いあう。それはプラトニックなものでなく、濃密なエロスを伴うものだ。ふたりの心の激しい動きは、美しい映像の中で静かに震える。

 

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やがて肖像画は完成し、時代の常識は当然のようにふたりを引き裂くことになる。長い歳月ののちふたりは再会することになるが、この時エロイーズは決してマリアンヌを見ようとはしなかった。あれほどお互いを見つめ続けたふたりが。

 

この時に至るまで幾たび、どれほどの時間、苦しく美しい記憶を辿らなければならなかったか。見ることを拒否するエロイーズの横顔の震えが、苦しい時を過ごしたことを彷彿とさせ胸に迫る。

 

監督・脚本セリーヌ・シアマ
主演:ノエミ・メルラン、アデル・エネル
フランス  2019 / 122分

公式サイト

映画『燃ゆる女の肖像』 公式サイト (gaga.ne.jp)

 

朝が来る

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5歳の子どもの歯磨きを見守る母親、佐都子。不自然なほどのアップが、ありきたりの日常の幸せを伝える。やがて幼稚園で起こる、ありがちないざこざも、悩む母子の性格の良さを浮き彫りにする。そんな母親にあるとき、一本の電話がかかってくる。

 

「子どもを返してください」

 

実はこの母子は血がつながっていない。あるNPOを通じて生まれてすぐに引き取った養子である。NPOは「ベビーバトン」と言い、望まない妊娠をした、あるいは妊娠しても育てることができない、など様々な事情を抱えた母親から、こどもを授かりたい人へ手渡す活動をしている。電話の声はその母親なのか?

 

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佐都子は夫婦が経験した苦しかった時期を回想する。そのころ夫の清和が無精子症と診断され、治療もうまくいかない日々が続いていた。子どもをあきらめ、ふたりで生きていこうとするが、偶然見たテレビ番組でそのNPOの存在を知る。悩みながらも夫婦は説明会に赴き、養子をもらうことを決意する。しばらくして連絡を受けた夫婦は、病院で生まれたばかりの赤ん坊と対面した。

 

「この子のお母さんに会いますか」

 

と問われた夫婦はうなずき、ロビーに向かう。そこにいたのは、両親に付き添われたおとなしそうな14歳の中学生だった。

 

清和が「この子を産んでくれてありがとう」というと、少女は「ごめんなさい。お願いします」と繰り返しながら、佐都子に一通の手紙を手渡す。少女の名前はひかりという。こうして今度はひかりの物語がつづられる…。

 

 監督は河瀨直美。原作は辻村深月の同名小説。

「いま、社会の中で、ぬぐいきれないものを抱えているさまざまな世代の人たちがいる。不妊治療をしても我が子を授からない夫婦がいる。片や誰かを愛しただけなのに、望まない妊娠で身ごもった少女は、闇に引きずり込まれていく。こうした人たちに、日常では出逢うことがない人もたくさんいると思います。そういう観客の皆さんに、伝えたいという想いがありました。」

 

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先ほどの電話の主は、こう付け加える。

 

「だめならお金をください。出ないと本人に本当のことを言います」

 

このNPOにはルールがある。もらい受けた子どもに、小学校に上がる前までに事実を伝えること。そのために事実を告げるという脅迫は成り立たない。

 

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実際に会って話をするため、夫婦はマンションに来てもらうことにする。あの少女がこんな電話をかけてくるはずがない、という思いが佐都子や清和にある。だから擦れた風体の少女が現れると、

 

「あなたは誰ですか?」

 

と問うてしまう。見ている私たちも電話をかけたのはひかりではなく、ひかりから事実を聞いた友人かもしれないと思う。

 

実際、どんなに風体が変わったとしても、会って気づかないなんてことがあるだろうか。だが、もしかすると気づきたくない、そんな人であってほしくない、という佐都子たちの身勝手な思いが目を曇らせているとしたら…。

 

少女を追い返した後、刑事が佐都子のマンションを訪れ、一枚の写真を見せる。それはまさしく先日訪問を受けた少女だったのだが…。

 

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この作品は、味わい深い独特の雰囲気をたたえている。描かれることはシンプルなのに描き方が単純ではない。そのために言葉になる以前の感情を深いところから喚起される。

 

広島、似島の海や森、それらの風景が声を発するようなカット、撮っている人間が意識されるドキュメンタリータッチのカット。ある場面では、カメラを持った河瀨監督の長い影が地面に延びて、そこにNPO代表(浅田美代子)の言葉がゆらゆらと重なる。

 

「私たちのことを伝えてね」

 

不思議な幻を見るようだ。そこには物語の筋とは全く別のところから、映画を強く震わすような旋律がある。その響きを何度でも味わってみたくなる作品だと思う。

 

監督・脚本・撮影:河瀨直美
主演:永作博美井浦新、蒔田彩殊、浅田美代子
日本  2020 / 139分

 

公式サイト

映画『朝が来る』公式サイト | 絶賛公開中! (asagakuru-movie.jp)