イギリス。年老いた女性が、自らの若き日を回想している―。
ある日偶然に知り合った男性。一夜限りの関係。妊娠。恥とされ秘密裏に入れられたアイルランドの修道院。休みのない労働の日々の中で、生まれた子と過ごせるのは一日一時間。しかしそれは、何にも代えがたい幸福の時だった。裕福な外国人が、修道院から彼を連れて行ってしまうまでは。息子アンソニー3歳、47年前のことだ。
その女性フィロミナは、以来アンソニーのことを忘れたことがない。そして半世紀たった今、自問する。
「一夜を楽しんだことと、嘘をつき続けるのは、どちらが罪が重いか」
フェロミナは娘に、実は息子がいるのだと打ち明け、会いたいと相談する。娘はたまたま知り合ったジャーナリストのマーティンに、ネタを提供する代わりに、アンソニーを探してくれないかと依頼する。
「息子が私をどう想ってくれたか知りたいの。私は毎日息子を想ってる」
元エリート記者で、三面記事に興味がないと最初は渋っていたマーティン。しかし、フィロミナとともに、アンソニーの消息を探っていくうちに、意外な事実が次々と明らかにされてゆく…。
監督は、イギリス王室の内幕を描いた「クィーン」(2006)のスティーヴン・フリアーズ。この作品も実話だという。元記者のマーティンを演じたスティーヴ・クーガンは、製作と脚本を共同で担当した。
「本の主人公はジャーナリストで、彼と主婦フィロミナの体験談と生き別れた息子が基本的なテーマとして描かれている。しかし、僕たちは老人の女性と中年のジャーナリストという2人の旅をメインにしたかった。そんな2人が旅を通じてお互いを知っていく様子を描きたかったんです。教養があって皮肉的な中年の男と、労働者階級で皮肉とはかけ離れた性格のアイルランド人女性の人生の物語に。」(スティーヴ・クーガン)
アイルランドに渡り、かつての修道院を訪れたふたりには、何の成果もなかった。記録は火事で焼けてしまったという。残されていたのは、息子についての権利を放棄したというフィロミナの署名だけだった。フィロミナは罰を受けるために署名したのだという。
「何よりも罪深いのは楽しんだことよ」
「何を?」
「セックス」
フィロミナは信心深いカトリック教徒なのだ。マーティンは全くの無宗教らしく、フィロミナの宗教心と相いれずたびたび、時にはコミカルに衝突を繰り返す。
だがマーティンは、この修道院ではかつて、アメリカ人の金持ちに子どもを売っていた、という噂を耳にする。二人はアメリカに渡り、アンソニーの意外なその後を知ることになる。
この作品は、スティーヴ・クーガンが言うように、二人の考え方の違いによって浮き彫りになる、フィロミナの驚くべき純粋な心が印象深い。しかしおそらく宗教が彼女を純粋にしたのではなく、彼女の心が宗教の純粋な部分に共鳴したのだろう。
修道院が行っていた悪辣な行為とその隠ぺいはマーティンを怒らせるが、フィロミナはあえてこういうのだ。
「シスター、私はあなたを赦します」
マーティンが苛立つように言う。
「それだけか?」
フィロミナが答える。
「赦しには大きな苦しみが伴うのよ。私は人を憎みたくない。あなたと違うの」
フィロミナとは、カトリック教会で尊敬されていた殉教した少女の名前と同じだという。この映画の原題は「Philomena」すなわち「フェロミナ」で、そこには信仰に生きる人を見つめる、製作者の率直なまなざしがあると思う。
監督:スティーヴン・フリアーズ
脚本:スティーヴ・クーガン他
主演:ジュディ・デンチ、スティーヴ・クーガン
原作:マーティン・シックススミス
原題:Philomena
イギリス・アメリカ・フランス 2013 / 98分
公式サイト
http://www.phantom-film.jp/library/site/mother-son/