映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

ルース・エドガー

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久しぶりに映画館で映画を見た。検温、アルコール消毒、上下左右に開いた席。ただ席に関して言えば、ガラガラだった。映画のせいではなく、自粛のせいだろう。とても面白い映画だったから。(気分一新して、このブログの背景を変えてみました。)

 

ルース・エドガーというのは主人公の名前である。アメリカ・バージニア州の高校生。弁論部や陸上部で活躍し、学校の期待も大きいエリート学生だ。彼はアフリカ・エリトリアの出身で、少年兵として駆り出された戦火を逃れ、今は養父母に引き取られている。

 

ルース、というのは元の名前の発音が難しいからと、アメリカ人の養父母が新たに付けた名前だった。それは「光」を意味する。

 

養母のエイミーはある日、歴史教師のハリエットにルースのレポートを見せられる。ルースは、暴力を正当化する革命家フランツ・ファノンについて書き、そのことを危惧しているという。そのためルースのロッカーを無断で調べ、そこに禁止されている危険な花火を見つけた、というのだ。

 

プライバシーを無視するそのやり方に反発しながらも、エイミーはルースを信じ切ることができない。やがてルースに性的暴行の疑惑まで生まれてしまう。果たしてルースは、真っ当なエリート学生なのか、それとも…。このことをきっかけに、エイミー夫妻は自分たちの善意の行為のうちに潜む、真の感情に向き合わざるを得なくなるが…。                                                                                                                                                                                                                 f:id:mikanpro:20200614113536j:plain

 監督・脚本は、ナイジェリア生まれで外交官の父親とともに渡米したという、ジュリアス・オナー。 

「ルースは黒人のアイデンティティの最高と最低を表している。彼はさりげない輝きと魅力を持っていて、弁論も素晴らしく、才能のあるアスリートだ。しかし同時に、彼は少年兵として暴力の歴史も持っている。・・・準備段階でケルヴィン(主人公を演じた俳優)にはふたつの手本を与えたよ。バラク・オバマとウィル・スミスだ。私にとって、彼らは格好いいが威圧的ではない男らしさをもった黒人の究極の例だ。カリスマ性や魅力は言うまでもなく、巨大なパワーと人気を誇っている。」

 

ルースは歴史教師のハリエットと、もともと折り合いが悪い。彼女が生徒にレッテルを張り、その役割を押し付けるからだ。

 

「僕に与えられた役は“悲劇を乗り越えた黒人”で、”アメリカの良心の象徴“なんだ。責任を感じて重荷だよ。」

 

周囲からの期待と、自分が自分自身であろうとすることとの板挟みに、ルースはだんだんと追い詰められてゆく。あるとき、教師のハリエットの自宅に大きな落書きがされ、危険な花火が教師の机の中で火を噴く。

 

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人にレッテルをはるな、枠にはめて人を見るな、とは常々言われる。ハリエットは黒人に枠をはめることを否定しながら、生徒に枠をはめることは意に介さない。ルースとの話の中でこんなことを言う。

 

アメリカが黒人を枠にはめてきたの。狭く、暗い、光のささない小さな箱の中に閉じ込めてきたのよ。」

 

その箱から抜け出すためには、白人が認める「役割」をこなさないといけない、とハリエットは言いたい。それが、黒人がこの社会で生きていくための唯一の方法なのだ、と。

 

だがルースにとって、役割を演じなければ生きていけない社会はどこかおかしいのだ。それは、現実を知らない若者の甘えた意見なのか、新しい世代の根源的な欲求なのか。今アメリカで起きているデモを見ると、ルースの感覚が真っ当なのだと思われる。しかし、映画の最後にルースがとった行動は、私たちの想像を超えて苦く厳しいものだった。                                                                                             

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 ルースのもともとの名前は何だったのだろう。彼は「ルース」でなく、元の「アメリカ人が発音のしにくい名前の人間」であることを欲している。戦火を逃れ、優しい養父母に育てられながらそれが贅沢だというなら、そう思う社会が病んでいると思う。

 

監督・共同脚本:ジュリアス・オナー
主演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、ナオミ・ワッツティム・ロス
原作・共同脚本:J・C・リー
原題:LUCE
アメリカ  2019 / 110分

公式サイト

http://luce-edgar.com/