映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

ゴヤの名画と優しい泥棒

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ロンドン・ナショナル・ギャラリーで、ある絵画が盗まれた。ゴヤウェリントン侯爵」。1961年のことだ。この絵画は現在の貨幣価値で5億円近くの値がついていた。警察は国際的窃盗団の犯行と断じたが、届いた脅迫状には「絵を返してほしかったら年金受給者のBBCの受信料を免除しろ」と書かれていた。ん?受信料?…実はひとりの市井の老人の仕業だったのだ。実話である。

 

犯人のケンプトン・バントンは、奥さんと次男の3人暮らし。次男は仕事をせず、父親の「受信料免除の署名活動」などを手伝っているようだ。ほとんど誰も署名しないのに、机の前にぼーっと立っている二人の姿も実におかしみがある。


ある時ケンプトンは、受信料不払いで役人が来ると聞いて、慌ててBBCが視聴できないようにテレビを改造する。だが、いくら見てないと訴えても結局は収監されてしまうことに。それも7日も。出所後はBBCが視聴できないのに受信料を払う羽目になって、何とも世間とずれた感じが気の毒だが笑ってしまう。


自身も貧しいのだが、貧しい人たちに対する同情心から行動しているのだ。しかし奥さんはそんな夫に不満だ。当然である。自分が裕福な家の家政婦をして生計を立てているのだ。

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そんなある日、ケンプトンはこれが最後だと奥さんに頼み込み、ロンドンに行って議員に訴えかけることにする。もちろん簡単に放り出されてしまうのだが、おりしもゴヤの名画がロンドン・ナショナル・ギャラリーで展示中だった…。

監督は「ノッティングヒルの恋人」のロジャー・ミッシェル

「世間から何度となく非難を浴びているにもかかわらず、ケンプトンは永遠の楽観主義者であり、活動家でした。私たちは、すべての文化において常に権威にかみついたり、納得しろと言われたあらゆることに疑問を投げかける人々を必要としているんです。」

 

息子と相談して、自宅のタンスの奥に絵を隠していたケンプトンだが、たまたまその部屋に居候することになった長男の嫁に見つかってしまう。その見つかり方がまた笑えるのだが、このことであっさりケンプトンは自首するが…。

 

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世間からどんなにおかしな人間と見られようと、自分は自分以外ではありえない。そのかたくなな強さは時にユーモラスでありながら、時に自分の生き方そのものを考えさせられる力がある。(寅さんみたいな感じですね)

 

裁判でケンプトンは、今の自分の原点となった子どもの頃の体験を語る。ある時引き波にさらわれていくら泳いでも岸に引き返せなかった。ケンプトンは絶対に誰かが助けに来てくれるはずだと信じ、1時間も何もしないで海に浮かんでいたという。果たして助けてくれる人が来た。しかもそれは普段みんなから厄介者と思われていた人間だった。そして言うのだ。

 

「私はあなたなしでは何もできないし、あなたも私なしでは何もできない。あなたは私であり、私はあなたなのです」

 

映画は最後にちょっとしたどんでん返しが待っている。それもとてもあたたかな驚きである。監督のロジャー・ミッチェルは去年9月、65歳で世を去り、これが最後の長編映画作品となった。

 

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監督ロジャー・ミッシェル
主演:ジム・ブロードベントヘレン・ミレンフィオン・ホワイトヘッド
イギリス  2020/ 95分

映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』オフィシャルサイト 2022年2/25公開 (happinet-phantom.com)