映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

金の糸

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今年で閉館するという岩波ホールに出かけた。以前来た時よりも多くの人が入っているような。気のせいか。しかしこの映画館が閉館することがあるなんて思いもしなかったです。今上映しているのは、ジョージア映画の「金の糸」。

 

年老いた小説家のエレネ。パソコンに文章を書きつけてゆく。時折カメラ目線になり、「いい表現が生まれた」と満足げに語る。今日はエレネの79歳の誕生日だが、誰が祝うわけでもない。ただ60年前の恋人アルチルからの電話を除いては。

 

アルチルは妻を亡くしやもめ暮らしだが、車いすで移動もままならない。エレネも足が悪いため二人の交流は電話のみだ。二人は互いに過去を、そして今の様々な思いを語る。そこには思い出を共有する者同士、かすかに甘やかな感情が行き来している。

 

そこへ娘の姑、ミランダがやってくる。娘は、姑のミランダがアルツハイマーの症状が出て一日中目が離せないから、ここにおいてくれと言うのだ。ミランダはソ連が支配していたころ政府の高官だった。エレネはソ連時代の政府高官というのが気に入らないらしいが、しぶしぶ受け入れる。

 

ある時、元恋人のアルチルがテレビに出ることになり、それを見たミランダが彼のことを覚えていると言ったことから、エレネの感情が爆発する…。

 

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監督はジョージアを代表する監督、ラナ・ゴゴベリゼ。91歳にして27年ぶりの新作だという。

「大げさに聞こえるかもしれないが、それでも私は言いたい。エレネの思考がこの映画の登場人物の1人になることを願う、と。人間の生を形作るのは感情だけでなく、思考でもあるからです。…内省はこの映画のあちこちに散らばっており、さまざまなやり方で視覚的に人格化されている。」

 

この映画は何かエッセイのような作品で、その意味で監督の意図は実現されている。物語の筋はとてもバランス悪く配置され、ただ時間が静かに流れてゆく。

 

エレネの母親はソ連時代に流刑された過去を持つ。歴史上の出来事は、エレネにとって人生にまとわりついた、ほどくことのできない縄のようだ。そして自分自身の生の歴史。

 

「過去は財産よ。どんなに重い過去でも。過去を乗り越えたら未来を楽しむだけ。30でも50でも90でも同じ」(エレネの言葉)

 

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また、タイトル「金の糸」の元になった「金継ぎ」という日本の伝統技術が紹介される。金継ぎとは、陶磁器の欠損を金などで装飾する修復技法だという。

 

「過去に囚われてはいけない。過去を破壊してもいけない。金継ぎして生きてゆくの」(エレネの言葉)

そして監督は言う。

 

「こんな風に過去と和解出来たら…」

 

私はジョージアのことをほとんど知らない。ただここには、欠けてしまったからと言って、決して捨て去ることのできない過去との折り合いの方法、その美しいメタファーがある。

 

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監督・脚本:ラナ・ゴゴベリゼ
主演:ナナ・ジョルジャゼ、グランダ・ガブニア、ズラ・キプシゼ
ジョージア=フランス  2019 / 91分

「金の糸」公式サイト (moviola.jp)