ひとりの若者が誰かに語り続ける。何かを訴えるように、必死に―。
妻と結婚する直前の思い出だ。何度も何度も反芻したであろう記憶。禁煙を約束したが、守られずに吸ってしまった男を、妻は「徐々にやめていけるといいね」と言ってくれた。しかしやがて彼女は通り魔に殺害される。この3年あまり男はひりひりした思いから逃れられず、彷徨うように生きている。
映画はこの男のほか、そりの合わない義母と心の通じ合わない夫との間で、何かが違うと思いながら日々を送る主婦。普通の男に恋しながら、親友として付き合い続けるゲイの弁護士が登場する。いずれも何かトゲのようなものを、心の中に抱えながら生きている。トゲはちょっとした拍子に心の襞を傷つけ、血しぶく。三人は三様に血まみれである。
監督は橋口亮輔。「ぐるりのこと」以来7年ぶりの長編だという。
「この映画の中では誰の問題も解決しません。でも人間は生きていかざるを得ないんですよね。…でもどんな悲しみや苦しみを描いても、人生を否定したくないし、自分自身を否定したくない。」
この映画は、人と人の分かり合えなさを、これでもかというくらいに描き出してゆく。誰がどんな状況にあっても規則を変えない役所の窓口。ゲイを毛嫌いし、差別意識むき出しの行動に出る女。遠い親戚に宮内庁関係者がいるというと、人は見る目が変わるのよ、と語る主婦。人は人を本当には理解できない。
最近、よく思うのは「他人は自分ではない」ということ。人はつい他人も自分と同じように考えているだろうと思いがちが、たいていは違っているものだ。なぜなら自分ではないのだから。それは当然のことなのだ。人と人は分かり合えない。しかし、誰かが言っていたある言葉を思い出す。
「決して理解しあえないと知りながらなお、理解しようとする心の働きを、優しさという。」
監督は言う。「最後には外にむかって開かれてゆく、ささやかな希望をちりばめたつもりです。」しかし、それでも人生はつづく。映画はその一断面にすぎないのだ。
原作・脚本・監督:橋口亮輔
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