映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

行き止まりの世界に生まれて

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早朝。立ち入り禁止の廃墟ビルに侵入する若者たち。だが、底が抜けたようなスカスカの非常階段を上っていくうち、ひとりが怖くなってやめようと言い出す。死にたくないからな―。するとみんな同意して降りてゆく。なんとも締まりのないオープニングだが、そのあと緩やかな駐車場のらせんスロープをスケートボードで滑降、無人の町を疾走してゆく映像がとんでもなく美しい。

 

ここはアメリカ、イリノイ州ロックフォード。アメリカのラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれる町だ。これはこの町に暮らし、スケートボードで友情を培った3人の若者のドキュメンタリー。その映像の蓄積は実に12年に及ぶ。

 

スケボーは統御、コントロールさ。人生と同じ。細部までコントロール出来なければこのくそ社会で生きていくことは出来ないから」

 

「スケボーはドラッグのようなものさ。精神的にギリギリでもこれがあれば大丈夫」

 

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若者たちは3人。父親から暴力を受け家族になじめない、キアー。恋人との間に赤ん坊が生まれ父親となった、ザック。そしてスケボー仲間であり、二人を撮影しているこの映画の監督の、ビン。

 

「彼(キアー)が父親の話をするのを聞きながら、僕は彼に自分を重ねていました。それはとてもエモーショナルな体験で、彼が葛藤する姿を前に『ただ話を聞いてあげたい』そう思い彼を撮り始めました。そしてある時ザックが父親になることを知り、親になってゆく彼とニナを撮らせてもらうことにしました。僕は、『大人になるとはどういうことか』に常に興味があったのですが、お手本になるような大人を探すというよりも、自分と同じように葛藤してるひとに光を当てたかったのです。」(ビン・リュー監督インタビュー)

 

最初は、宣伝文句からして「ラストベルト」に生きる若者たちの生活を通して、アメリカの現実を描く、という内容かと思っていたが微妙に違っていた。いや違っていないのかもしれないが、映画は進むにつれ、よりパーソナルな部分がクローズアップされてくる。

 

つまり、監督のビンの体験を紹介することで、それに沿って映画が形作られてゆくようになるのだ。ビンは義理の父親から暴力を受けていたが、母親はそれを見て見ぬふりをした。少なくともビンはそう考えている。ビンは母親にインタビューするため実家に向かう…。

 

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 一方のキアーも父親から暴力を受けていた。その時のインタビユー。

 

ビン「ひどい体罰?…泣いた?」

 

キアー「そりゃもちろん。…お前は?」

 

ビン「泣いたよ」

 

キアーは父親に対して愛憎半ばしているようだった。父親が亡くなってからは、父親を否定的に考えなくなってゆく。アフリカ系アメリカ人のキアーは白人との彼我の差に直面するが、そんな時思い出すのは父親が語った言葉だ。

 

「父親が言ったんだ。また黒人に生まれたいって。何で?と聞いたら、黒人はいつも問題に直面しているからだ。白人が文句を言っているようなことは屁にもならないからさ」

 

また一方、恋人のニナと暮らし始めたザックは、子どもの面倒をだれが見るかをめぐって、衝突を繰り返していた。仕事もうまくいかず、イライラを募らせる。ニナによればザックはニナに暴力をふるっている。監督のビンには見逃せない事実だった。

 

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 映画の終盤で、ニナへの暴力を打ち明けたザックは言う。

 

「認めたくないんだ。人生がこんなにくそなのは、俺が最低だからだって。逃げ道はない。こういう人生を選んだのは俺だ。」

 

なんという率直さだろうか。この率直さとニナに暴力をふるってしまう瞬間との間を、ザックは行き来している。誰しもが最高と最低の間を行き来しながら生きているのだ。

 

最後にビンはキアーに聞く。

 

「このドキュメンタリーをどう思う?」

 

キアー「セラピーみたいなものかな…」

 

ビン「…俺は自分の父親との経験を、お前の話と重ねて見てたんだ」

 

キアーは、「そうなんだ」というと、遠くを見て静かにほほ笑む。その表情がとてもいい。じゃあお前にとってもセラピーじゃないか、と言っているようで。いや、もっと多くのことを語っているようで。

 

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監督・製作・撮影・編集:ビン・リュー

出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー

アメリカ  2018 / 93分

公式サイト

http://bitters.co.jp/ikidomari/