すばらしき世界
窓の格子に雪が積もっている。旭川刑務所。初老の男がこの日、13年の刑期満了を迎える。刑務官とのやり取りで、自分の行った殺人を少しも反省していないとわかる。刑務官も持て余す男だったらしい。笑いながら「三上だけはもうごめんだ」という。三上正夫、街に向かうバスの中でネクタイを締めなおし、今度ばっかりは堅気ぞ、とつぶやく。
身元保証人のいる東京で三上は、母親を探してほしいとテレビ局に連絡を取る。若いディレクターの津乃田は、面白い映像が撮れるかもしれないと三上に密着、堅気になろうとするその姿をカメラに収めることになった。
だが、やはり現実はうまくいかない。三上が考えるようには三上を社会が欲してくれない。それでも周囲の善意に励まされ頑張る三上だったが、生来の暴力癖が時折顔を出す。おかしいと思ったことを腕力で解決しようとしてしまうのだ。
おやじ狩りのチンピラ二人を叩きのめした時には、ディレクターの津乃田も怖くなって逃げだしてしまう。後日電話で三上に、
「なんで戦ってぶちのめすしか策がないと思うんですか?逃げるのも立派な解決手段ですよ」
という。だが三上は、
「損得勘定でしか生きとらん人間の言うこったい、そりゃ。善良な市民がリンチにおうとっても見過ごすのがご立派な人生ですか」
と怒りが爆発する。
堅気になるのが難しいと思ったのか、三上はそのあと昔の仲間に連絡を取るのだが…。
原作は佐木隆三の「身分帳」で、実話をもとにした小説である。監督は「永い言い訳」永い言い訳 - 映画のあとにも人生はつづく (hatenablog.com) の西川美和。主人公の三上正夫についてこう語っている。
「人間性を剝き出しにしたような人なので、周囲に厄介ごとをたくさんもたらしたでしょうし、佐木隆三さんもとてもたくさん、厄介な目に遭っていたんじゃないかなって思います。それでもこの男を書こうと佐木さんが思うような魅力があった。周りの人が面倒を見てあげたくなるような、人好きなところがあったんだろうと思います。」
津乃田は、三上の母親のことを調べ、三上が子供のころいた施設と連絡を取る。そして二人で施設を訪れたりもする。津乃田は三上の人間性に触れることで、番組にならなくても三上のことを「書きたい」と思うようになる。
やがて、親切な市役所のケースワーカーが、老人介護施設の職を紹介してくれた。パートだが、ここでは三上の前歴を知ったうえで雇い入れてくれるという。親切にしてくれる人たちに祝ってもらっている席で三上は、
「辛抱、肝に銘じます!」
と強く宣言する。
そんな三上についてTVプロデューサーの吉澤は、「フツーの三上さんで何書くの?」と揶揄するが、津乃田はこう言い返すのだ。
「普通になるんですよ、三上さんは。それでも書きます。書けます、僕。」
「それでも書く」のではなく、「それだから書く」のだろう。だが、真面目に勤め始めた介護施設の現場では、障がいを持っている職員をからかう若い職員がいた。それを目の当たりにした三上は…。
映画の最後がとんでもなく切ない。どうしてこういう終わりにするんだろうと監督を恨むほどだ。西川美和という監督は答えのない問いをもって彷徨い、映画にその痕跡を残す。見ている私たちは同じ迷路にはまって、しばらく自身に問い続けることになる。人と人の間に生きるとはどういうことかと。
脚本・監督:西川美和
主演:役所広司、仲野太賀、長澤まさみ、六角精児
日本 2021 / 126分
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