映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

私の少女

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監督・脚本:チョン・ジュリ

主演:ペ・ドゥナ、キム・セロン

韓国/119分

英題「A GIRL AT MY DOOR」2014

 

ワイパー越しに見える雨がやがて小止みになると、丘の上から見降ろす小さな漁村にかすかな日が差し始める。韓国南部の海辺の村。ソウルのエリート警官だった女性が、この村の派出所に左遷されてきたのだ。ペ・ドゥナ演じる女性警官ヨンナムのどこか虚ろに見えるまなざしが、受けた心の傷の深さを物語る。彼女は静かに暮らすつもりだったこの村で、ある少女と出会い、再び自らの傷口を覗き込むことになる。

 

村は高齢化が進み、まともな働き手がいない。唯一、ヨンハという壮年の男性が外国人労働者を雇って漁業を営んでいる。しかし彼は妻に逃げられ、酒を飲んでは14歳の娘ドヒにひどい暴力を振るっていた。ヨンナムはドヒを救うため、しばらくの間自宅で預かることにする。

                 

下着を脱いだドヒの背中はひどい傷だらけだ。浴槽の中、その背中に触れようするヨンナムのためらいに、私たちは同性愛者としての彼女に気付かされる。2人だけの食事、海辺の水浴び、突堤の街灯の下で無邪気に踊るドヒの姿がけなげで美しい…。ヨンナムは果たして彼女を同性愛の対象として見ているのか。やがて、ドヒは次第に謎めいた部分を見せ始め、物語はあるクライマックスに向けて転がり落ちてゆく。                      

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監督のチョン・ジュリはこれが長編デビュー作。その脚本を名匠イ・チャンドンに認められ、イ・チャンドンのプロデュースで映画化が実現した。イ・チャンドンは単純な善悪ではない人間の深い業を、そこから生まれる喜びや哀しみを独特のプロットの中に描く。ヨンナムとドヒという2人の主人公の業の深さが、イ・チャンドンの琴線に触れたのだろか。ジュリ監督自身はインタビューでこう語っている。

 

「暴力が生む寂しさを描きたい。」

 

ドヒが肉親から受ける肉体的暴力。ヨンナムが受ける同性愛者に向けられた精神的暴力。それぞれ種類の違う暴力から生まれる「寂しさ」を描きたいという。この「寂しさ」という言葉はどういうニュアンスなのだろう。「無気力で虚ろな状態」のことだろうか。だとすればヨンナムを覆うその空虚な雰囲気は実によく出ている。

 

監督がこれまで制作した3本の短編映画も、すべて「暴力」がテーマだったという。人の生きづらさの原因はこうしたさまざまな「暴力」にあり、それを生み出すのは「社会」だと監督は考えている。そして「社会」は人間が生み出すものなのだ。こうも語っている。

 

「社会的な問題を告発したいという思いよりは、寂しさの原因を作ったのは社会だ、という思いで映画を作りました。…暴力に苦しむ人を様々な面から描くことで、それを知ってほしいと思っていました。」

 

ただ、この2人の女性に比べ、男性の描き方が紋切型なのが少し残念だ。特にヨンハはあまりに単純で陰影がない。2人の敵として現れる単なる駒にしか見えない。もし「社会」が彼のような人間を作ったとするなら、その部分をもう少し丁寧に描いてもよかったのでは?イ・チャンドンが監督なら、彼を人間の業に操られた哀しい男として描いたかもしれない(もちろんわかりませんが)。

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物語の終盤、様々な成り行きを経てヨンナムはあることを決意する。その時、ドヒに向き合うヨンナムのまなざしは、もはや虚ろなものではなくなっている。それは、恐らくは子どもを産むことがないヨンナムの、母としてのまなざしのように思えてならないのである。

 

公式サイト

http://www.watashinosyoujyo.com/

 

ちょっとひと息

今回の映画は渋谷のユーロスペースで見ました。この映画館がある通りは円山町です。両側にはラブホテルが軒を並べていますが、ライブハウスなどもあり若者が大勢たむろする不思議な空間になっています。通りを折れると百軒店。今はどこか怪しい雰囲気ですが、1950年代は映画街だったというから驚きです。その一角に「名曲喫茶ライオン」があります。昭和元年創業。空襲で焼けたあと昭和25年に再建されたレトロな建物です。有名な巨大スピーカーでクラッシックを聴くための喫茶店。おしゃべりはできませんが、映画のあと考え事をするのにおススメです。ホットコーヒー1杯550円。☕

f:id:mikanpro:20150525214510j:plain   公式サイト http://lion.main.jp/info/infomation.htm