映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

ミナリ

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失敗するとわかっててあなたを信じるなんて。私は疲れ切ってるの

                               (モニカの言葉)

アメリカ南部アーカンソー州の田舎道を引っ越しのトラックが走る。到着したのは何もない原っぱのような平原。そこに1台のトレーラーハウスが停まっている。

 

「ここは何?」

 

と聞く妻に

 

「家だよ」

 

と答える夫は二人の子どもを家に上げ、うれしそうだ。彼ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は韓国から海を渡ってやってきた。10年近くひよこの雄雌鑑別の仕事を続けてきたが、農業で一旗揚げるためにこの土地に越してきたのだ。ただ、妻のモニカは賛成ではなさそう。家庭菜園くらいに思っていたらこの広さ。早くも不満顔だ。なにより7歳の長男は心臓が悪く、病院まで1時間かかる。

 

到着早々、大雨と竜巻がこのあたりを襲う。テレビの警報を見ながら逃げる準備を、と叫ぶジェイコブ。

 

「トレーラーが持っていかれてしまう!」

 

激しい落雷の音。おびえるモニカと子どもたち。停電したと思ったら、すぐにテレビが復活して、竜巻警報は注意報に代わる。ほっと一息つくジェイコブだが、その顔を見てモニカの怒りが爆発する…。

 

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この作品の公開は今年3月だったが、最近いくつかの小さな劇場で再び上映している。韓国系移民の家族の物語。監督のリー・アイザック・チョンは、自身も韓国系移民2世で、実話をもとにしているという。この作品で出てくる長男のデイビッドは、彼自身を投影している。

 

「僕がこの映画で一番言いたいことは、お互いの良い部分を見いだしてほしいということだ。この一家を、正直で誠実な目で見てほしい。僕たちは、人の表面的な部分を見てレッテルを貼ってしまうことがあるけれど、実際には共通する部分の方が多いんだ。一部の人は、この映画を『韓国系移民の物語を代弁してくれた』と捉えるかもしれないけれど、僕は世界のどの地の人であろうと、この映画の登場人物に共感できると思っている。」

 

主人公のジェイコブを演じるスティーヴン・ユァンは、韓国のイ・チャンドン監督の「バーニング」の印象がとても強い(バーニング 劇場版 - 映画のあとにも人生はつづく (hatenablog.com)。あの映画では現代韓国の格差社会で、能力のないものは廃棄すべき、という考えの持ち主として登場する。この映画でも、成功していないだけで根柢の考え方は同じかもしれない。選別されたひよこのオスが廃棄される煙を見上げて、息子のデイビッドに語り掛ける。

 

「オスは美味しくないし、卵も産まない。役立たずさ。役に立つようにならないとな」

 

夫婦は話し合って、モニカの母親をよんで一緒に暮らすことにした。外で働いている間に子どもたちの面倒を見てもらうためだ。異国にいる寂しさのためか、モニカは母親の持ってきた粉唐辛子や煮干しをみて涙を流す。

 

おばあちゃんは、料理もできず子どもたちを失望させるが、代わりに花札を教えるなど自由奔放な人だ。その人が川辺に韓国から持ってきたセリの種を蒔く。このセリのことを韓国語で「ミナリ」という。おばあちゃんが言うには「ミナリ」は金持ちも貧乏人も大好き。みんな食べてみんなが元気になる。

 

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もう一人ユニークな登場人物がいる。農場を手伝うポールだ。かれは柱のような木を組み合わせて作った大きな十字架を、運んで歩くのを日課にしている。村の人たちはそれを見て「十字架男だ」と笑う。とても貧乏のようだが、とても誠実だ。ある時ジェイコブ家の夕食に招かれて、モニカが匂いがきついだろうとキムチを下げようとするとこう言うのだ。

 

「キムチを遠ざけないで、大好きなんだ」

 

いい奴である。

 

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ジェイコブは、韓国野菜に商機があると考え、レタス、パプリカなどを栽培するが、これでもかというくらい、いくつもの試練が降りかかってくる。モニカは疲れ果て、ついに別離を決心するのだが…。

 

終盤におばあちゃんが、疲れ切って雑魚寝している4人をじっと見つめるシーンがある。軍事政権下の韓国を出て2人で海を渡ってきた。そして10年、子どもを授かりこの地に辿り着く。ミナリを植える、とは、その土地に根を下ろし葉を広げていくことの象徴だ。この時、おばあちゃんの目に映るものは何なのか、とても静かでいいシーンだった。

 

エンドクレジットには、このおばあちゃんの良き思い出に敬意を表して、「すべてのおばあちゃんに」と記されていた。

 

脚本・監督:リー・アイザック・チョン
主演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ユン・ヨジョン
アメリカ  2020 / 116分

 

映画『ミナリ』公式サイト