映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

希望の灯り

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まるで荒れ野のような大地に、規則的に並んだ街灯が小さな灯りをともしている。夜明けの消え残りなのか、これから迎える夜の暗闇に備えるためなのか判然としない。奥には高速道路が画面を横切るように左右に伸びている。この映画を見るものは、しばらくその風景のまえに佇む。

 

次に巨大な倉庫の中をフォークリフトが移動している。背景に流れる音楽は「美しき青きドナウ」。殺風景な雰囲気が陽気に彩られ、フォークリフトを巡る物語が始まる。

 

この倉庫にある青年がやってくる。今日からここで働くようだ。与えられた制服を着ても、首と腕にある入れ墨がすべて隠れるわけではない。彼、クリスティアンはこの日以後、制服を着るたびに襟の部分と袖の部分を引っ張るのが儀式となる。                 

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その日のうちに先輩のブルーノに紹介されるが、内気なのか彼はほとんど口をきかない。

 

「無口なんだな。」

 

とブルーノが言う。そして次の言葉がその後の二人を暗示している。いい男だ。

 

「別にかまわんがな。」
                    
在庫管理担当はフォークリフトを自在に操らなければならない。不器用なクリスティアンはブルーノに少しずつ教わる日々が続く。ある日、年上の同僚マリオンを見かけたクリスティアンは、一目で惹かれてしまう。やがてマリオンも心を寄せ始めるが、実は彼女には夫がいた…。

 

監督はトーマス・ステューバー。

「ヒーローもいない、スーパー以外に所属先もない、小さな幸福を夢見ている社会の片隅の人々の物語を描きたかった。東ドイツも豊かになりましたが、東西再統一後を描いた映画は少ない。私達は、忘れられた、片隅の人々を取り上げて、知ってもらいたいのです。」

 

ここは旧東ドイツライプツィヒ。監督の生まれ故郷でもある。倉庫があったところは東ドイツ時代、運送会社だった。ブルーノはトラックの運転手として全国を回っていたのだ。かつてはトラック、今はフォークリフト、と自嘲気味に語る。

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クリスティアンとマリオンの関係は進むようで進まない。何と静かな映画か。抑制は規律的だから美しいのではなく、その裂け目に生な感情が現れるからこそ美しい。その感情はクリスティアンの感情ではない。見つめる私たちの感情なのだ。やがてブルーノに、何気ない日々の静かさを破る事件が起きる。

 

人生はままならない。社会の変化が自分の環境を変えるからかもしれないし、情熱を失わせるからかもしれない。正しい社会が正しく幸福を連れてくるわけでもない。ひとはそれでも今という現実にささやかな喜びを見出そうとする。だが、とこの映画は言うのだ。ささやかな喜びは人生を支える力にならないこともある、と。

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原題は「通路にて」だが、邦題は「希望の灯り」に変えている。倉庫の前の街灯の灯り、あの灯りは夕暮れの灯りなのだろうか、夜明けの灯りなのだろうか。

 

監督・脚本:トーマス・ステューバ
原作・脚本:クレメンス・マイヤー(「通路にて」新潮クレメント・ブックス)
主演:フランツ・ロゴフスキ、サンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト

ドイツ  2018 / 125分

公式サイト

http://kibou-akari.ayapro.ne.jp/