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映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

光のノスタルジア

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南米チリ。北部に広がる荒涼としたアタカマ砂漠。ここに「過去」を求めて人々が集まる。「過去」の痕跡を探す考古学者、宇宙の光をとらえる天文学者、この地で肉親を亡くした女性たち…。人々はそれぞれのやり方で「過去」に向き合う。遠い「時間」のかなたに失ってしまった何かを求めて。これはその営みの根源を探るドキュメンタリーである。

 

監督はチリのドキュメンタリー映画を代表する、パトリシオ・グスマン。2010年の作品だが、今年制作された「真珠のボタン」とあわせ、2部作として連続上映されている。

 

天文学者が観測しているのは「過去」からやってくる光だ。光は光速で地球にやってくる。それは遠ければ遠いほど遥かな過去の光だ。もしかすると、それによって「私たちはどこから来たのか」「私たちはなぜここにいるのか」が明らかになるかもしれない。若き天文学者ガスパール・ガラスは言う。

 

天文学者は過去を見つめ、そこから多くを学びます。過去を考えるのになれている。それが天文学者の人生です。」

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一方、天文台の下、砂漠の土をシャベルで掘り返す女性たちがいる。1973年、米支援の軍事クーデターで政権を得たピノチェトは、反対勢力を容赦なく弾圧、虐殺した。遺体はこの砂漠に捨てられた。彼女たち、ビクトリアとビオレータは今もこの地で、肉親の遺骨を探し続けている。実に28年もの間…。

 

グスマン監督自身(1941年生)はクーデター後逮捕され、2週間監禁された。その後出国し各地を転々とする。そしてピノチェトの行った弾圧行為と、それを生み出したチリという国を一貫して問い続けているのだ。

 

「チリの子どもたちがほんの30年前に国内で起こったことを教科書で知ることもできないのに、どうしたらチリ人の天文学者が何百万光年も離れた星を観察することができるのだろう?軍によって埋められた大量の遺体がいまだ掘り起こされずにいるうえ、海に捨てられもしたことをどう説明しよう? 地中を一人の女が素手で掘り返していることが、天文学者たちのすることと似ていることをどうやって見せよう…?」

 

遺骨を探す女性たちと天文学者は、「過去」と向き合うことにおいて似ているという。ただ、遺骨を探す女性たちは「過去」を探しているのではない。自身の身内にあってどうすることもできない「欠落」と向き合っているのだと思う。それは、失われてしまって、たとえ見つかっても取り返しがつかないことが分かっていながら、探さずにはいられないものだ。

 

もし天文学者がそれと同じものを探しているとしたら、天文学者「我々がどこから来たか」という問いは、人間にとって宿命的な「欠落」である。そしてそれは、「たとえ見つかっても取り返しがつかないことが分かっていながら、探さずにはいられないもの」なのだ。

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映画を見て谷川俊太郎の詩を思い出した。青い空のどこかに「何かとんでもないおとし物」をした「僕」は、透明な「過去」の駅に向かう。

 

透明な過去の駅で

遺失物係の前に立ったら

僕は余計に悲しくなってしまった

谷川俊太郎「かなしみ」)

 

映画の後半、チリの天文団体で働くバレンティナという女性が登場する。1歳の時独裁政権下の警察に祖父母と拘束された。祖父母は両親の行方を教えないと孫は渡さないと何時間も脅された…。両親は逮捕され行方不明となる。そして彼女が残り祖父母に育てられた。祖父母が彼女に教えたのは天体観測だった。

 

天文学は私を支えてくれました。別の角度から苦しみと向き合えた。両親がいなくなった大きな喪失感と。」

 

天文学が与えてくれる遥かな時間のイメージが彼女を救った、という。  

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「生命の大きな流れは、私や私の両親あるいは子どもたちから始まるのではなく、またそこで終わるのでもありません。それは永遠に続く生命のエネルギーで、私たちはそのすべてに存在していると思う。」

                    

映画で祖父母は何も語らず静かに座っている。そして両親の在りし日の写真。生まれたばかりの子どもを抱くバレンティナ。それぞれの静かなたたずまいが深い印象を残す。私は涙があふれて仕方がなかった。

 

監督・脚本:パトリシオ・グスマン

原題「Nostalgia de la Luz」

2010年 フランス・ドイツ・チリ 90分

 

公式サイト

http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/