映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

幼な子われらに生まれ

f:id:mikanpro:20170906224612j:plain

モザイクに色分けされた画面。その上を、人の足が踏みつけてゆく。色分けされた地面は遊園地の入り口だ。父と娘が手をつなぎ入ってゆく。楽しげに遊ぶ二人。よくあるシチュエーションなので、離婚した父親が、別に暮らす娘と定期的に会う日だと分かる。それにしても仲がいい。メリーゴーラウンドの中で父親の信が聞く。

 

「もしお母さんに、新しい赤ちゃんが出来たらどうする?」

 

「私がハブられちゃうってこと? でも今のお父さんはそんな人じゃないから…」

 

実は信にも新たな家族がおり、妻の連れ子である二人の姉妹のほかに、新しい生命を授かろうとしている。だが信は新しい子どもを受け入れることに迷いがある。「そうでなくてもツギハギだらけの家族」なのに、今以上に複雑になることに怯えているのだ。 

                      f:id:mikanpro:20170906224650j:plain

家に帰ると、赤ちゃんが生まれると知ってナーバスになった長女の薫が、あからさまに反抗して見せる。「こんな人、家族じゃない。本当のお父さんに会いたい」とまで言う。その本当のお父さんはDV夫で、自分も殴られ歯を折られたこともあったのに。どうしたらいいか分からない信は、次第に追い詰められてゆく…。

 

監督は「しあわせのパン」の三島有紀子。デビュー作の「しあわせのパン」はずいぶん素人くさい作品だなと感じたものだが、今回はずいぶん玄人くさい作品だと感じた。どちらも悪い印象ではない。三島はなぜこの作品を撮ろうと思ったのかと聞かれてこう答えている。

 

「…登場人物たちが本当に不器用で誰もが正解を見つけられずにいる、だからこそ魅力的だったし、子供も含めて全員が自分の中に住んでいる気がしました。…何より信が異質な人間(生命含む)と出会って、抑えていたものがひとつひとつ剥がされ本質が剥き出しにされていくのがおもしろいなあと思ったからです。」 

f:id:mikanpro:20170906224735j:plain

信はもともとこの家族は「ツギハギだらけ」、他人の寄せ集めと考えている。家庭第一と考える男が、血のつながっていないことは最初から分かっていながら選択した道なのに、今更そんなことを言うのかと驚く。またその本音を笑顔のうちに隠しているところが、たちが悪い。薫の反抗はエスカレートしてゆくばかりだ。

 

信を演じるのは浅野忠信。この人の抱えるエネルギーの熱量は半端なものではない。薫に追い詰められた信は次第に余裕を失ってゆき、内包していた怒りが次第に前景化してゆく。その怒りは、信の怒りなのか俳優浅野忠信の怒りなのか、マグマのようにドロドロと熱せられて近寄りがたくなってしまう。

 

そんな時、元妻の友佳から連絡があり、今の夫がガンで余命いくばくもないと知らされる。別れ際の車の中で、有佳にこう言われる。

 

「理由は訊くくせに、気持ちは聞かないの、あなたって、昔から」

                        

                      f:id:mikanpro:20170906224802j:plain

かつて信に黙って子供を堕したとき、激しい言い合いになったが、その時も同じだという。堕した理由は執拗に聞くが、堕ろす時の私の気持ちは聞かない―。しかし信にしてみれば、理由が分からないと気持ちが聞けない、のではないか。普通理由を聞くよな、と思いながら見ていたが、彼女の言いたいことは別にあることが終盤で分かる。

 

物語の終盤、薫のある行いに対して、理由を聞かずに気持ちを聞く信がいた。理由を聞かないのは、聞かなくても分かっているからだ。ということは、その人のことが分かっていれば、理由ではなく気持ちを聞くことになる。有佳はこう言いたいのだ。

 

「わかって」

 

そして信は、少しだけ父というものに近づく。

f:id:mikanpro:20170906224840j:plain

監督三島有紀子
主演:浅野忠信田中麗奈宮藤官九郎寺島しのぶ南沙良
原作:「幼な子われらに生まれ」重松清著 幻冬舎文庫

日本映画 2017/ 127分
 
公式サイト

http://osanago-movie.com