映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

"樹木希林"を生きる

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昨年亡くなった樹木希林の最後の一年間に密着したドキュメンタリー。樹木希林はその死の1年あまり前から4本の映画に出演することが決まっていた。この映画には、病を抱えながら女優として人生を全うしようとする樹木の最後の姿が映し出されている。

 

監督はNHKの木寺一孝。この映画はNHKの番組を再編集したものだそうだ。樹木はかつて、「いとの森の家」というドラマで演出をした木寺監督に密着撮影を頼まれ、承諾した。しかも1年間の長期密着だという。

 

前半、樹木が作品作りにこだわる姿が随所に映し出される。新しいものは不自然だと自前の包丁を持ち込み、紙を燃やすときの紙の畳み方にこだわり、「万引き家族」では疑問が生じた脚本の設定にも物申す。樹木はフィクションにありがちな、ちょっと現実から浮いたことを嫌う。それを率直に語る。そして助監督と鮭の弁当を食べながらいうのだ。

 

「スターは違うけど、私たち女優は肉体労働者」

 

樹木希林は良くも悪くも正直な人だなと思う。そのことが多くの人にとって新鮮で、正直に吐露される内面や考え方、そこから見える生き方が多くの示唆に富んでいるのだ。おそらく同じように感じた監督も、樹木希林とはいったいどんな人間なのか知りたいのだと、何度かナレーションでつぶやく。                 

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 だが密着する時間が長くなるにつれて、樹木はいらだち始める。いったい何を撮りたいのか、このまま撮り続けた先にどんな作品が生まれるのか、全然見えてこないという。そのことに不満といら立ちを隠そうともしない。

 

「やっぱり無理だったのよ」

 

とまで言われる作り手に同情するが、しかしそうまで言われても、監督はどんな作品にしようとするのかその道筋を樹木希林に示そうとしない(少なくとも映画の中では)。なぜなんだろうと思うが、さらにいら立ちを増す女優にどう対応していいかわからず、逆に自己反省の言葉を連ね、挙句には泣き出してしまうのだ。

 

ここまでくるとおいおいと思ってしまう。新聞の評で「自分の負けを隠さないのは潔い」、という言葉があったが、どうだろうか。逆にこういうシーンを見せるのは、本当は作り手として禁じ手の一つなのではないのか。自分はこんなにも弱いので許してください、というのは。

 

すなわち、先ほどの新聞評が言うようには勝負を挑んでもいないし、負けを覚悟でぶち当たってもいない(少なくともそういうシーンはない)。おそらく監督には、撮影する場面以外のところで、どういう作品にするか七転八倒しながら苦しむ日々があったはずなのだ。ここまで弱さを見せるならその部分も見せないと、ずいぶんと甘えた印象だけが残る。 

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 しばらく撮影ができずに月日がたち、樹木は監督を呼び出して「がん」の転移を示す資料を見せる。そこには本当に全身にくまなく「がん」が巣を作っている様子が示されていた。樹木はそれを見せながら、もう今年いっぱいと言われたと明かす。

 

「これで作り手はどうするのかってことよ」

 

監督に最後の奮起を促しているのだ。こんな優しい人がいるだろうか。しかし死を間近に控えたひとりの老女優の、これほどまでの覚悟を監督は受け止めきれない。相変わらずどうするとも言えずにカメラを回すだけだ。

 

観客は後半、監督の自己憐憫の感情にずっと付き合うことになるが、結局最後までその感情が宙に浮いたまま終わってしまう。唯一、樹木が言った「自分中心でいいのよ」という言葉に支えられてこの作品を編集した。

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ただこの関係の中で見えてくるものがある。樹木にとって密着ドキュメンタリーも自分が参加して作り上げる作品なのだ。監督は自らの夫婦関係がうまくいってないことを明かしたとき、樹木はお互いに向き合ってはダメ、同じ方向に向くようにしないと、というアドバイスをする。

 

樹木は監督との関係も同じように感じていたに違いない。お互い向き合っているだけではダメ、作品という一緒に目指すべきものに向かなければ。しかし監督は愚直に樹木に正面から向き合い続け、樹木は向き合うことを避けるように監督を見ることは無くなった。

 

そういう樹木希林の、作品に向かう厳しさを知りえただけでもこの映画を見て良かったのかもしれない。樹木希林は言うだろう。

 

そりゃあ、そうよ。あんなに時間取られたんだからさ。

 

監督・撮影・語り:木寺一孝
日本  2019/ 108分

公式サイト

http://kiki-movie.jp/