映画のあとにも人生はつづく

最近見て心に残った映画について書いています

よだかの片想い


若い女性がインタビューを受けている。

 

―最初に顔のあざを意識したのはいつですか?

「小学校の先生が琵琶湖の説明をしたときに、クラスメイトが私の顔のあざを見て、琵琶湖だ、と言ったんです」

―ひどいですね。

「いえ」

 

この記事はやがて他のインタビューとあわせて本にまとまり、話題を呼ぶことになる。

 

インタビューを受けていた女性アイコ(松井玲奈)は、あざのある顔のアップで表紙を飾った。そんなアイコの元に、あの本を映画化したいという話が舞い込む。しかし出版社に勤める友人の頼みで取材を受けたものの、映画化なんかとんでもないと思う。断るつもりで監督の飛坂(中島歩)に会ったアイコだったが、初めて会った飛坂は、記事の撮影で見かけたアイコについてこう語る。

 

「葛藤しながらも堂々と立っていて、きっと頑張ってきた人なんだろうなって」

 

アイコはそれを聞いて泣き出してしまう。

 


やがて、食事や観劇など会う時間を重ねる2人だったが、アイコは飛坂が映画のために自分と会っていると思うと複雑になる。ある時、アイコからはっきりと飛坂にこう宣言する。

 

「私、きっと飛坂さんのことが好きなんだと思います」

 

監督は長編2作目の安川有果。原作は島本理生の同名小説。

「原作でもっとも惹かれたのは、主人公アイコが想いを真っ直ぐに伝えて自ら恋愛を始めようとする点です。受け身じゃないのが良いな、と。彼女は周囲からの過剰な気づかいにより、自分を上手く出せなくなってしまいましたが、本来はとてもシンプルで潔い女性です。」

安川有果監督)

 

アイコのシンプルな力強さは、松井玲奈が実に的確に表現している。松井は原作を読んで感動し、5、6年前から映画化の企画を温めていたのだという。

 

 

ふたりはその後交際を始めるが、不思議なことに飛坂がアイコをどう思っているのか、よく分からないようになっている。これは、恋する不安の中にいるアイコ目線の設定なのだろうが、逆に飛坂をきちんと描いたほうが、物語の奥行きが広がったような気がする。片方だけだとどうしても一人相撲の感じがするのだ。

 

飛坂は忙しく、なかなか会えない。さらに主演女優との過去の交際を知るに及んでアイコは不安定さを増してゆく。そしてついに…。

 

 

アイコはシンプルで潔い。その原則は飛坂との恋愛でゆらぎながらも変わらない。しかしその揺らぎが、アイコに深いところで変化をもたらした。それは他者への信頼、と言って言いすぎであれば、他者に心を開きはじめると言ったようなことかもしれない。

 

映画の終盤、仲の良い先輩のミュウに化粧を教わりながらこう言われる

 

「ぜんぶさらけ出して受け入れてもらう必要なんかない。人は裸で生きてるわけじゃないからさ」

 

ぎりぎりで生きなくても、純粋じゃなくても、間違っていてもよい。人の懐の深さを信じることが出来れば、どんな人も少しは生きやすくなると思う。

 

監督安川有
脚本:城定秀夫

主演:松井玲奈、中島歩、藤井美菜
日本  2021/ 100分

映画『よだかの片想い』|「(not) HEROINE movies」オフィシャルサイト (notheroinemovies.com)